医はき師MBA てらぽん ちゃんぽん ブログ

医師はり師きゅう師経営学修士のてらぽんです。日々の気付きを記します。

日本マクドナルド株式会社 CMO ズナイデン房子さんの講演を聞いたら色々と“刺さること”があった。

「選んだ道を正解にしていく」―ズナイデン房子さんの講演から考えた、人・組織・ブランドの強さ

先日、マクドナルドCMOのズナイデン房子さんの講演(島原出身、島高清楓塾)を聞く機会があった。
『10年間で11人が変わっているマクドナルドCMOを引き継いで、早8年になる』という強烈な掴みから始まった。

マーケティングやブランドの話だけではない。

「多様性とは何なのか」
「人やチームをどう育てるのか」
「自分の人生をどう選んでいくのか」
「AI時代に、人間に残されるものは何なのか」
「これからの時代に、組織はどうあるべきなのか」

そんな話が、一本の線でつながっていた。

講演を聞きながら、僕の中に残った言葉を並べてみる。

「強みを伸ばす」
「自分と違う個性を集める」
「ブランドは、お客様の頭の中にある」
「代替の効かないブランドへ」
「自分の直感に素直に」
「人生の選択に正解はない」
「去年の自分を超えていけ」

一見するとバラバラである。

しかし、一段抽象化してみると、これらはすべて、

「他の何かになろうとするのではなく、自分たちにしかない価値を育てる」

という話だったように思う。

「弱みを直す」より「強みを伸ばす」


ドラッガーの名言にも、『強み』に関連するものは多い。
“不得手なことに時間を使ってはならない。自らの強みに集中すべきである”
これは子供の教育でも流行っている?ことなのかもしれない。
人を育てるとき、僕たちはつい「足りないもの」に目を向ける。

もっと積極的に。
もっと論理的に。
もっとコミュニケーション能力を。
もっとリーダーシップを。

いわば、欠けている部分を埋めようとする。

しかし、講演で印象に残ったのは「強みを伸ばす」という考え方だった。

ストレングスファインダーなども、その一つだろう。

その人が何を自然にできるのか。
何をしているときに力を発揮するのか。
他の人より少ない努力でできてしまうことは何なのか。

そこを見る。

そして褒めるときも、

「すごいね」

だけではなく、

「最後まで諦めずに、そこまで調べたのがすごい」
「相手の話を聞いてから、自分の意見を言ったところがよかった」

と、結果ではなく「過程」を超具体的に認める。

さらに印象的だったのが、

「尊敬するよ」

という言葉だった。

褒める、より少し深い。

「よくできたね」は、上から下にも言える。

しかし、

「その姿勢を尊敬する」

という言葉には、相手を一人の人間として認める響きがある。

ここには、単なる人材育成を超えたものがあるように思う。

人間は「評価される存在」である前に、「尊重される存在」なのだ。

また、ヒトは見ていられる、評価されると、認められると、嬉しい生き物でもある。やはり集団の中で生きるように備わっているのであろう。
類似した名言(頻出)
「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい。」(小澤竹俊医師)

多様性とは「いろいろな人がいること」ではない

講演では、多様性についても多く語られた。

「多才で、多彩な組織」。

この表現が印象に残った。

多様性というと、年齢、性別、国籍などを思い浮かべやすい。

もちろん、それも大切である。最近は学会の理事もいわゆる多職種を入れる動きが出ている。

しかし、組織にとって本当に重要なのは、

「考え方、重要点の置き所が違う人がいること」

なのかもしれない。

自分と同じような人ばかり集めれば、話は早い。

会議でも、

「ですよね」

で終わる。

しかし、不確実性が大きくなり、一筋縄ではいかない問題が増えてくると、それでは弱い。これが日本がうまく成長を維持できなかった理由であったかもしれない。
“一筋縄”や“右に倣え”や“規律を重んじる”といった、かつての日本の強みが、不確実性が増した外部環境の変化が生じたことで、強みから弱みになった。

と解釈した。

自分には思いつかない問いを出す人。
自分とは逆の角度から見る人。
みんなが右と言っているときに、「本当に右ですか?」と言える人。

そういう「個性という多様性」が必要になる。

だからこそ、

「自分と違う個性を集める」。

そして、

「自分の型に、相手をはめない」。

これは簡単そうで、かなり難しい。

僕たちは無意識のうちに、

「自分だったらこうする」
「普通はこう考える」
「こういう人が優秀だ」

という自分の物差しで人を測ってしまう。
注意していないと、自分の物差しで人を測ってしまうとズナイデンさんも強めていた。

違う人を集めるだけでは、チームにはならない

ただし、多様性には弱点もある。

違う人を集めれば、当然、意見はぶつかる。紛糾する。

そこをなだめるのが、私の仕事でもあるともおっしゃっていた。

が、むしろ本当に多様な組織なら、意見が紛糾しない方がおかしい。

そこで必要になるのが「信頼関係」だという話も印象に残った。

これは非常に重要だと思う。

多様性だけを増やして、信頼を育てなければ、組織はただ分裂する。

しかし、

「この人は自分とは違う意見を言っているけれど、組織を良くしようとしている」

と互いに信じられていれば、対立は「破壊」ではなく「創造」につながる。

具体から一段抽象化すると、

「良い組織とは、意見が一致する組織ではない」

ということになる。

むしろ、

「意見が一致しなくても、一緒に進める組織」

の方が強い。

不確実な時代に求められているのは、「正解を知っている組織」ではなく、

「正解がない状況でも、違う人たちが考え続けられる組織」

なのだろう。

ブランドは企業のものではない

そして講演はマーケティングの話へ。

ここで、とても印象に残った言葉があった。

「ブランドは、お客様の頭の中にあるイメージであり、お客様の持ち物である」

企業が、

「私たちはこういうブランドです」

と宣言したからブランドになるわけではない。

企業がどれだけ格好いい広告を作っても、

お客様がそう思わなければ、そのブランドは存在しない。

例えばマクドナルドと聞いて、何を思い浮かべるだろう。

ハンバーガー。
ポテト。
子どもの頃の思い出。
家族との時間。
ドライブ中の昼食。
部活帰り。
忙しい日の食事。

おそらく、人によって違う。

ブランドとは「商品そのもの」ではなく、

商品と人との間に積み重なった記憶や感情を含めたものなのだ。

だから、ブランドは企業だけでは作れない。

企業と顧客との「関係」の中で作られていく。

青春時代のビッグマックを想起させるようなCM作成されていた。

強いブランドは「代替が効かない」

ここから、さらに面白い話につながる。

「どんなブランドが強いのか?」

答えの一つが、

「代替の効かないブランド」

である。

安い。速い。便利。機能が良い。

こうした価値はもちろん重要である。

しかし、数字で比較できる価値だけで勝負していると、もっと安く、もっと速く、もっと便利なものが現れた瞬間に置き換えられてしまう。

一方で、

「なぜか、ここが好き」
「これじゃないと嫌だ」
「多少遠くても、ここに行きたい」

という存在は強い。

これはブランドだけの話ではない。

人間関係にも似ている。

友人を、

「知識量が83点だから付き合っている」

とは考えない。

家族を、

「コストパフォーマンスが高いから一緒にいる」

とも考えない。

人と人との関係は、本来もっと非合理である。

癖がある。欠点もある。でも、その人がいい。

ブランドと人との関係も、それに近いという。

確かに。ここが非常に面白かった。

人間の「非合理」を生むものは何か。それは、、、感情、心理学であると。

AIが「最適解」を出す時代に、人間は何をするのか

そして、ここからAIの話につながる。

AIは、膨大な情報から「最適解」を見つけることを得意とする。

これから、その能力はさらに高まっていくだろう。

では、人間の役割は小さくなるのだろうか。

僕はむしろ逆ではないかと思った。

「正解を出す能力」の価値が相対的に下がれば、

「どちらを面白いと思うのか」
「そもそも、何を問いにするのか」
「合理的には説明できないけれど、なぜかこちらに惹かれる」

という部分の価値が高まる。

そこで出てくるのが、

「自分の直感に素直に。人と違ってもいい」

という言葉である。

AIは「多くの情報から考えると、この選択が合理的です」と教えてくれる。

しかし最後に、

「でも、僕はこちらに行きたい」

と決めるのは、人間だ。

そこには想像力や創造力が必要になる。
いまのところ、AIに想像力や創造力はないことになっている。
(が、そう遠くない時代に、おそらく想像力や創造力を持つようになるだろうと思っている。まぁ想像力や創造力は既存の四則演算ででてくる。真の想像や創造はおそらくたまたま的な要素が大きい。これは、いわゆる現状の外にある。)

「正解を探す力」から、

「まだ存在しないものをつくる力」へ。

AI時代だからこそ、まだ人間にしかできないとされるクリエイティブ・イノベーションの重要性は高まるのかもしれない。
繰り返しになるが、AIがクリエイティブ・イノベーションをし始めたら、人間は何をするのであろうか、、、(;^_^A、こんなことにも興味がある。

人生の選択に「正解」はない

講演の最後に紹介された三つのアドバイスも印象的だった。

「自分の直感に素直に。人と違ってもいい」

「自分の可能性や能力を信じる」

「人生の選択に正解はない。選んだ道が正解になっていく」

特に最後の言葉が好きだった。

僕たちは人生の岐路に立つと、

「どちらが正解だろう」

と考える。

A病院に行くべきか。
B病院に行くべきか。

転職するべきか。
今の場所に残るべきか。

挑戦するべきか。
やめておくべきか。

しかし、人生は比較試験ではない。

Aを選んだ自分と、Bを選んだ自分を同時に観察することはできない。

だから、本当の意味で、

「あのときAを選ぶのが正解だった」

と証明することなどできない。

できるのは、

「自分が選んだAという道を、その後どう歩くか」

だけである。

つまり、

「正解を選ぶ」

のではなく、

「選んだものを正解にしていく」。

そう考えると、人生の見え方は少し変わる。

「去年の自分を超えていけ」

そして、もう一つ。

「去年の自分を超えていけ」

これは、ぼそっと言った一言であったが言霊があった気がした。

ただ、私の聞く集中力が高かっただけかもしれないが。

他人と比べれば、上には上がいる。

肩書き、収入、能力、実績、知名度。

比較を始めれば終わりがない。

しかし比較対象を「去年の自分」に変えると、話はシンプルになる。

去年より少しできるようになったか。
去年より少し挑戦したか。
去年より少し他人の個性を尊重できたか。
去年より少し自分の可能性を信じられたか。

それでいい。

考えてみれば、これは最初の「強みを伸ばす」という話にも戻ってくる。

他人になる必要はない。

自分の強みを知り、
自分とは違う他者を尊重し、
その違いを組み合わせ、
自分にしかない価値をつくっていく。

人も、組織も、ブランドも「関係」の中で強くなる

今回の講演を振り返って、わたしの中では、

「自己肯定」
「多様性」
「組織」
「ブランド」
「AI」
「人生」

という話が、一つにつながった。

強い人とは、すべてができる人ではない。

自分の強みを知り、自分の可能性を信じられる人である。

強い組織とは、同じような優秀な人を集めた組織ではない。

違う個性を持つ人たちが、互いを信頼しながら意見をぶつけられる組織である。

強いブランドとは、性能表で一番のブランドではない。

「これがいい」と誰かの心の中で思ってもらえる、代替の効かないブランドである。

そして、強い人生とは、

「正解ばかりを選び続けた人生」

ではないのだと思う。

人と違っていても自分の直感を信じ、自分で選び、

その選択を少しずつ「正解」に変えていく人生なのだろう。

「去年の自分を超えていけ」

そのために必要なのは、誰かになることではない。

自分の中にすでにあるものを見つけ、それを少しずつ育てていくことなのかもしれない。

最後に

さぁ、ビッグマックを食べに行こう、、、🍔

マクドナルドと描く、選んだ道の未来

おまけ

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ふいに読んだらいい話だった。

かあさんあるあるが満載で、多くの子供達がニヤニヤしながら読んで、すぐに実践しそうな内容です。
ひとまず、冒頭の作文だけ読むだけでも面白い!そこでこころを掴まれますよw
夫婦間や家族間を再考するのにも良い?!
オススメです。
色々書きたいけど、書けば何かとネタバレになりそうなので、今日はシンプルに終了。

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「店舗限定」商品を買って、「外来診療の重み」を感じた話

「店舗限定」に弱いのは、地方に住んでからだった

今回は、少し思い出話から。

そして最後は、たぶん大切な話へ。

「店舗限定」という、強すぎる言葉

「店舗限定」。

この四文字、地方に住むようになってから、妙に強く響くようになった。

ネット限定なら、まだいい。

ネット限定は、極端に言えばどこに住んでいても買える。

スマホを開いて、ポチッとすればいい。

ネットを使う人が少数ならまだしも、ネット社会となった今では、実は限定感があって、無いようなものである。

でも、

店舗限定は、そこに行かなければ買えない。

比較的都会に住んでいた頃は、

「今日はやめておこう」

「また今度来ればいいか」

少なくとも来週には、また来る。みたいな。

そんな余裕があった。

 

ところが地方に住むと、事情が変わる。

真面目な別用で東京に来た。

時間が空いたので、以前からネットで気になっていたある商品の下見に、その店に寄った。

質感や重さもチェックできた。やはり、いいな。

と眼の前には、同じデザインで、少しお高めの

「店舗限定」

の文字。しかもメチャクチャ好きなお色である。

すると突然、頭の中で別の声が聞こえてくる。

「次にここへ来られるのは、いつだ?」

「店舗限定 × 数量限定」という最強コンボ

これが、

店舗限定 × 数量限定

ともなれば、もう強い。

「今しかない」

「ここでしか買えない」

「そもそも旅費だけでいくらかかるんだ。」

人は、「いつでも手に入るもの」よりも、

「今、この場所でしか手に入らないもの」

に、不思議なほど心を動かされる。私だけ。

急に出てくる所属欲。ふだんは出ないのに。w

そんな見事なワナにかかり、予定になかった商品を買ってしまったことがある。

まあ、それも良き思い出ということにしておこう(笑)。

……と、ここまでなら単なる買い物の話である。

でも、ふと考えた。

医療も、少し似ているのではないか

患者さんは、わざわざ外来まで来ている。

仕事の時間を調整し、

家族に送ってもらい、

バスを乗り継ぎ、

時には体調の悪い身体で病院までやって来る。

そして診察室で、

患者と医師が、同じ場所で、同じ時間を共有する。

考えてみれば、これはかなり特別なことである。

オンラインではなく、

電話でもなく、

目の前に、その人がいる。

表情がある。

声の調子がある。

歩き方がある。

言葉にする前の「間」がある。

つまり外来診療とは、ある意味で、

「外来限定」

なのかもしれない。

やや強引であるが、

外来は「店舗限定」、その日の診察は「数量限定」

さらに考えてみる。

その日の診察は、その日限りである。

同じ患者さんと、

同じ医師が、

同じ体調で、

同じ気持ちで向き合う時間は、

もう二度と再現できない。

そう考えると、

「検査はまた今度でいいか」

「生活指導は次回でいいか」

「この話は今日は時間がないから、また今度」

と、簡単に先送りしてよいのだろうか、とも思う。

クリニカル・イナーシャ(Clinical Inertia、臨床的惰性)

 

もちろん、すべてを一度の外来で完結させることなどできないし、

過度な検査や指導も必要ないというか、やっちゃダメ

チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely、賢明な選択)

 

医療は継続するものであり、次回があること自体にも大きな価値がある。

それでも、

「次がある」と思っているのは、医療者側だけかもしれない。

患者さんにとっては、次に受診できるのが数か月後かもしれない。

生活環境が変わるかもしれない。

体調が変わるかもしれない。

あるいは、その一言を聞くために、今日ここまで来たのかもしれない。

「今、ここでしかできないこと」は何だろう

店舗限定の商品に価値を感じるのは、単に商品が珍しいからだけではない。

そこには、

「今、この場所にいるからこそ得られる」

という価値がある。

医療も同じなのだと思う。

診察室でしか気づけないこと。

目の前に患者さんがいるからこそ聞けること。

今日だからこそ伝えられること。

患者さんの表情を見たからこそ、

「もう少し聞いてみよう」

と思えることもある。

何気ない一言から、

「実は……」

と、本当に困っていることが出てくることもある。

医療者も患者も、

リアルに向き合える時間そのものの価値

を、もう少し大切にしてもいいのかもしれない。

外来には「また今度」がある。でも「今日」は一度しかない

外来は、

「また次がありますから」

という場所であると同時に、

「今日しかない時間」

でもある。

次回につなげることも大切。

でも同時に、

今日、ここでしかできないことは何だろう。

そう考えるだけで、一回一回の診察の見え方や振る舞いが少し変わってくる気がする。

合わせて、「店舗限定」×「数量限定」ほどの訴求力を持つ、外来空間を作り上げるのが、私の第一歩なのかもしれない。

そして私は今、

「店舗限定 × 数量限定」

という強烈な訴求力に負けて、予定外の商品を買ってしまった過去についても、

これは医療について考えるために必要な出費だったのだ。

……と、都合よく解釈することにしている(笑)。

買い物も、外来も。

「また今度」と思えることは幸せなことである。

でも、

「今、ここでしか得られないもの」に気づくことも、同じくらい大切なのかもしれない。

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コーチングを学んだらめちゃためになった✨️間違ってたら、コメントくださいm(_ _)m


私はコーチをしている訳ではない。
しかし、子育てや後輩の育成など、人を導き育てる機会は日常に溢れている。
そんな時に、こんな頭の整理ができていれば、、、✨️そんな大いに役立つであろうことをまとめました。

オーセンティックコーチングに学ぶゴール設定とコーチの役割

今回は、ルー・タイス氏や苫米地英人氏が中心となって体系化したオーセンティックコーチング(真のコーチング)の理論をもとに、その中核であるゴール設定とコーチの役割について、具体例を交えながら掘り下げていきます。
書籍情報は最後にあります。

 

1. コーチングとカウンセリングの決定的な違い

コーチングを理解する上で、まず明確にしておくべきなのはメンタルケアやカウンセリングとの違いです。

 

コーチングはメンタルケアではありません。メンタルケアやカウンセリング、セラピーは、心に寄り添い、現在の悩みや精神的なマイナス・逸脱を修復してあるべき現状へ戻すことが主眼です。そのため、目指す着地点は現状の内側にあります。

 

一方でコーチングは、いまいる現状から完全に飛び出し、未来に新しい居場所を創り出すための技術です。ステップバイステップで現状を少しずつ改善しようとしても、現状の外には出られません。

 

分類 主な目的 アプローチ 目指す領域
カウンセリング・セラピー 現在の悩み解消・心の回復 心に寄り添い、現状の歪みを整える 現状の内側(元の状態)
コーチング 新しい未来の創造と変革 過去を問わず、現状の外側へ引き上げる 現状の外側(新しい世界)
現状をケアしたい人がコーチングを受けると負荷が大きすぎ、現状を大きく変えたい人がカウンセリングを受けると物足りなさを感じるのは、この目的の違いによるものです。

 

2. ゴールの本質:現状の外側と利他性

コーチングのコアはゴール設定にあります。ゴールとは何かと問われたら、現状の外側に設定するものであり、社会貢献(利他性)を包摂するもの、と定義されます。

 

では、“現状の外側”とはどういうことか

現状とは、自分を取り巻く環境や、現在の延長線上で予測できる未来のすべてを指します。
大会で優勝する、社長になるといった目標は、一見高そうに見えても現在の延長線上にあるため、コーチング理論ではゴールとは呼びません。優勝して何がしたいのか、社長になって社会に何を仕掛けるのかという、その先の世界こそがゴールです。

 

人間は、一度も経験したことのない現状の外側をリアルにイメージすることができません。

 

たとえば、日本の味噌汁を全く知らない外国人に、味噌とは大豆を発酵させたもので、それを出汁で溶いたスープだといくら言葉で説明しても、味を正しく想像することは不可能です。目の前に出されても、実際に口にするまでは本当の味は分かりません。
イギリスの郷土料理であるハギス(羊の内臓を胃袋に詰めて茹でた料理)も同様で、言葉からソーセージのようなものを想像しても、実態とは大きくかけ離れます。

 

人間にとって現状の外側とは、この未体験の味のようなものです。一人では現状の外を認識できないからこそ、外側から引き上げる存在としてのコーチが必要になります。

 

人間の限定合理性とコンフォートゾーン

人は生来的に変化を好む生き物でありながら、同時に現状維持を好むという天邪鬼な性質を持っていルトも思っている。行動経済学者ダニエル・カーネマンが「我々の満足感は資産の量ではなく、資産の変化にある」と述べたように、人は同じ状態が続くことには満足できません。

 

ゴールを設定するということは、現在のコンフォートゾーン(居心地の良い空間)を広げることではなく、現状の外側に新しいコンフォートゾーンを創り出すことです。新しいゴールを設定した結果、いままでの環境がコンフォータブルでなくなり、居心地の悪さや違和感を覚えるようになれば、それは良いゴール設定ができている兆候です。

 

職業と趣味、そして利他性

ゴールには have to(やらねばならないこと)ではなく、人から止められてもやりたいという純粋な want to が不可欠です。

 

職業も趣味も、他人に止められてもやりたいことを選ぶのが理想ですが、両者の違いは利他性にあります。趣味は自分だけの満足で完結して構いませんが、職業や大きなゴールには社会貢献の理念が含まれます。

 

五輪競泳で数多くの金メダルを獲得したマイケル・フェルプス選手は、十代の頃から単にメダルを取ることではなく、「水泳をアメリカのメジャースポーツのひとつにし、アメリカ人の健康促進のために尽くす」という現状の外側の利他的なゴールを掲げていました。単なる記録更新にとどまらない大きな利他性があったからこそ、卓越したエネルギーが生まれたといえます。

 

3. 脳の情報処理:RASとスコトーマ

現状の外側が見えない原因は、脳の仕組みにもあります。

 

RAS(網様体賦活系)の働き

脳にはRAS(Reticular Activating System)と呼ばれる情報フィルターが存在します。
人間は五感を通じて膨大な情報を受け取っていますが、RASはすべての情報の中から自分にとって重要なものだけを活性化して意識に上げ、重要でない情報を無意識下に追いやります。

 

騒がしいパーティー会場でも自分の名前や興味のある話題だけがクリアに聞こえるカクテルパーティー効果は、RASの働きによるものです。
また、森の中でクマに遭遇した際、戦うか逃げるか(ファイト・オア・フライト)に集中するため、近くにいる小動物の可愛らしさに意識を割かないようエネルギーをセーブするのもRASの役割です。
ちなみに、熊に出会って、体が動かなくなったり、出会ったことを封じることで、からだが動かないfreezingが生じることもある。これは副交感神経の過緊張?!
少なくとも、「あ、あそこにリスがいるな🐿️👀」とはならないということです。
防御反応 意味 自律神経の状態 身体・行動のイメージ
Fight 🥊 戦う 🔴 交感神経優位 心拍↑、血圧↑、筋肉への血流↑。「やるしかない!」
Flight 🏃 逃げる 🔴 交感神経優位 心拍↑、呼吸↑、筋肉への血流↑「逃げろ!」
Freeze 🧊 固まる 🔵 副交感神経による“ブレーキ”が加わる 身体の動きが止まる、心拍が低下することがある。「動くな…/動けない」

 

見えていることと、重要だと認識していることは別です。自分にとって重要だと認識されていない情報は、目の前にあっても見えなくなります。この心理的な盲点をスコトーマと呼びます。
スコトーマを外すことや気づかせるのもコーチの大きな役割である。
そもそも私達もスコトーマがあることを認識すべき。

 

言語とブリーフシステム

脳が情報を取り入れる窓口(モーダルチャンネル)には五感と言語があります。中でも言語は臨場感を生み出しやすく、人間は他者の言葉に強く影響されます。

 

幼少期からの教育、親の言葉、社会の常識(特定の集団や時代で当然とされる価値観)など、刷り込まれてきた情報の集合体をブリーフシステムと呼びます。このブリーフシステムが、現在の自分とRASのフィルターを決定づけています。

 

4. コーチの役割とアプローチ

コーチの役割は、タスクを与えたり、小手先の業務改善テクニックを教えたりすることではありません。クライアントが現状の外側にゴールを設定し、ブリーフシステムを書き換える支援をすることです。

 

コーチの大前提と確認項目

コーチには揺るぎない3つの大前提があります。

 

  1. 過去には一切こだわらない(未来にしか興味を持たない)
  2. やりたいこと(want to)だけを扱う
  3. クライアントの利益を100パーセント優先する
コーチの揺るぎない3つの大前提


家族や上司は時にクライアントの現状維持を望む敵(ドリームキラー)になることがありますが、コーチは誰よりもクライアントの味方であり続けます。

 

コーチは常に対話の中で以下の3項目を同時に確認します。

 

  • ゴールが現状の外側に設定されているか
  • 好きなこと、やりたいことをやっているか
  • 過去を気にしていないか

内省言語による気づき

人のブリーフシステムを書き換える際、直接的に言葉で「こう変えなさい」と指示すると、相手の意識に上がって反発やコントロール感を生んでしまいます。

 

重要なのは、相手が無意識と意識の境界で自ら気づくように促すことです。
テレビCMなどで「その洗濯物、臭っていませんか?」「いつまでそのまま放置しますか?」といった問いかけを通じて危機感や関心を持たせるように、相手の心の中に「これは変えなければならないかもしれない」という内省言語(自己対話)を生み出すことがポイントになります。自発的に内省言語が生まれた瞬間に、ブリーフシステムは書き換わります。

 

5. エフィカシーとセルフエスティームの確立

現状の外側にあるゴールへ進むためには、自己評価の再構築が必要です。

 

用語の明確な区別

コーチングでは、エフィカシーとセルフエスティームを明確に区別します。

 

概念 定義 本質
エフィカシー ゴールを達成するための自己能力に対する自己評価 自分で自由に引き上げるもの
セルフエスティーム 従来は社会的地位の評価。コーチングでは「自分のゴールの凄さを自ら誇る度合い」 外的な肩書ではなく、掲げたゴールの高さを誇る姿勢
社長や役員といった社会的な肩書に依存するのではなく、自分が掲げている現状の外側のゴールがいかに素晴らしいかを誇る状態こそが、高いセルフエスティームです。

 

エフィカシーを高めるアプローチ

エフィカシーは自己評価であるため、本来は自分自身の意思でいつでも上げることができます。
しかし、ネガティビティ・バイアス(良いことより悪い情報に強く反応する傾向)や、感情の乱れによって大脳辺縁系が優位になりIQが下がっている状態では、エフィカシーを保つのが難しくなります。

 

エフィカシーはブリーフシステムと外部環境が影響しあい、常にupdateされる。変えることが難しいブリーフシステムを直接変えようとせず、外部環境を少しずつ変化・整えることも効果的です。ただし、いきなり転職や引っ越しといった大きな変化を起こさなくても、以下のような身近な環境から更新していくことができると考えます。

 

  • 普段視聴するYouTube動画のチャンネルを変える
  • 参加するコミュニティや集まりを変える
  • 読む本のジャンルや著者の傾向を変える
触れる情報と環境が変わることで、RASの重要度判定が変わり、自己評価も自然と書き換わっていきます。

 

6. まとめ

コーチングの技術は、プロのコーチだけでなく、人を教え導くあらゆる場面で強力な指針となります。

 

  • ゴールは現状の外側に置き、社会への利他性を含めること
  • 過去を切り離し、純粋な want to を追求すること
  • 相手の内省言語を引き出し、ブリーフシステムの書き換えを促すこと
  • 高いエフィカシーと、ゴールの凄さを誇るセルフエスティームを育むこと
お互いのスコトーマを外し合い、エフィカシーを高め合える関係性を築くことができれば、個人も組織も現状の枠組みを越えて新しい未来を切り拓くことができます。日常の教育や指導の現場においても、まずは現状の外側へ視点を向ける問いかけから始めてみてはいかがでしょうか。
書籍情報

オーセンティック・コーチング
苫米地英人 (著) サイゾー

 

おまけ

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医学教育:「腫瘤(mass)」と「腫瘍(tumor)」違い

『腫瘤と腫瘍って同じですか?』『腫瘍って腫瘤とどう違うんですか?』『この出来ものは腫瘍ですか?腫瘤ですか?』
こんな問いを投げ彼らた時ようのブログです。

「腫瘤(mass)」と「腫瘍(tumor)」は何が違う?医学生にどう説明するか

医学を学び始めると、「腫瘤」と「腫瘍」という似た言葉が登場します。

さらに英語では、

  • 腫瘤:mass

  • 腫瘍:tumor

と表現されることが多く、両者の違いが分かりにくいと感じる医学生も少なくありません。

医学生に説明する際には、まず次のように整理すると理解しやすいでしょう。

massは「形や存在を表す言葉」、tumorは「病変の性質を表す言葉」である。

言い換えると、

massは「見つかった塊」、tumorは「腫瘍性病変と考えられる塊」である。

という違いです。

腫瘤(mass)とは?

腫瘤(mass)とは、診察や画像検査などによって確認された、一定の大きさをもつ「塊」を表す言葉です。

その正体が何であるかは問いません。

腫瘤の原因としては、たとえば次のような病変が考えられます。

  • 良性腫瘍

  • 悪性腫瘍

  • 嚢胞

  • 膿瘍

  • 血腫

  • 炎症性病変

  • 肉芽腫

つまり、massは病名ではなく、主として形態や所見を表す言葉です。

身体診察や超音波検査、CT、MRIなどで「何らかの塊がある」と判断した段階では、まずmassと表現できます。

腫瘍(tumor)とは?

腫瘍(tumor)は一般に、細胞が自律的に増殖して形成された腫瘍性病変を指します。

腫瘍には、良性と悪性があります。

  • 良性腫瘍:benign tumor

  • 悪性腫瘍:malignant tumor

したがって、tumorという言葉自体が、必ずしも癌を意味するわけではありません。

脂肪腫や血管腫、腺腫などもtumorに含まれます。

一方で、膿瘍や血腫、嚢胞などは画像上massを形成することがありますが、通常は腫瘍性病変ではないため、tumorとは呼びません。

「massは見た目、tumorは性質」

医学生には、次のように説明すると理解しやすいと思います。

massは見た目の言葉、tumorは病変の性質に踏み込んだ言葉。

あるいは、さらに簡潔に、

massは「そこに塊がある」という事実を表し、tumorは「その塊が腫瘍性病変である」ことを表す。

と説明できます。

ただし、臨床では両者が完全に厳密に使い分けられているとは限りません。画像所見だけでも、典型的な腫瘍性病変であればtumorと表現されることがあります。

そのため、「病理診断が確定するまでは絶対にtumorと呼んではいけない」ということではありません。

大切なのは、診断の確実性に応じて言葉を選ぶことです。

具体例1:肺に塊が見つかった場合

胸部CTで、左肺上葉に4cmの塊が見つかったとします。

この時点では、

左肺上葉に4cm大のmassを認める。

と表現できます。

考えられる病変は肺癌だけではありません。

  • 原発性肺癌

  • 転移性肺腫瘍

  • 肺膿瘍

  • 結核

  • 真菌感染症

  • 炎症性偽腫瘍

  • 肺梗塞

など、さまざまな可能性があります。

その後、生検によって肺腺癌と診断されれば、この病変は悪性腫瘍、すなわちmalignant tumorであると判断できます。

ポイント

CTで塊を発見した段階では「肺腫瘤」であり、検査を進めた結果、その正体が「肺癌」であると分かる、という流れです。

具体例2:肝臓に病変が見つかった場合

腹部超音波検査で、肝右葉に2cmの腫瘤が見つかったとします。

この段階では、

肝右葉に2cm大のmassを認める。

と表現できます。

鑑別診断としては、

  • 肝細胞癌

  • 転移性肝腫瘍

  • 肝血管腫

  • 限局性結節性過形成

  • 肝嚢胞

  • 肝膿瘍

などが挙げられます。

精密検査によって肝血管腫と診断された場合、肝血管腫は良性腫瘍です。

一方、肝膿瘍であれば画像上はmassとして見えることがありますが、tumorではありません。

ポイント

肝血管腫はmassであり、かつtumorでもある。

一方で、

肝膿瘍はmassではあるが、tumorではない。

という整理になります。

具体例3:乳房にしこりを触れた場合

乳房にしこりを触れた場合、その正体が分からない段階ではbreast massと表現します。

鑑別診断としては、

  • 乳癌

  • 線維腺腫

  • 乳腺嚢胞

  • 乳腺炎

  • 脂肪壊死

などがあります。

検査の結果、線維腺腫と診断されれば良性腫瘍です。

乳癌と診断されれば悪性腫瘍です。

一方、乳腺嚢胞であればmassではありますが、厳密には腫瘍とは限りません。

具体例4:膿瘍の場合

腹部CTで5cmの膿瘍が認められたとします。

膿瘍は画像上、周囲とは異なる塊として描出されるため、mass lesionとして扱われることがあります。

しかし、膿瘍は感染や炎症によって形成された病変です。

したがって、

膿瘍はmassではあるが、tumorではない。

ということになります。

なぜ「tumor」という言葉は紛らわしいのか

tumorという言葉は、もともとラテン語で「腫れ」や「膨らみ」を意味します。

古典的な炎症の四徴候として知られる、

  • rubor:発赤

  • calor:熱感

  • tumor:腫脹

  • dolor:疼痛

のtumorは、「腫瘍」ではなく「腫脹」という意味です。

一方、現代の臨床医学では、tumorは主として腫瘍性病変を指す言葉として用いられています。

この歴史的な意味と現代的な意味の違いが、用語を分かりにくくしている理由の一つです。

「tumor」と「neoplasm」は同じなのか?

tumorと似た言葉に、neoplasmがあります。

neoplasmは、直訳すると「新生物」です。

細胞が正常な制御から外れ、自律的に増殖する病変を指す、より病理学的で厳密な言葉です。

実際の臨床では、tumorとneoplasmはほぼ同じ意味で使われることがあります。

ただし、tumorは文脈によって単に「腫れ」や「塊」を意味することもあるため、厳密さを重視する場合にはneoplasmという言葉が用いられます。

医学生の段階では、まず次のように理解するとよいでしょう。

massは形態を表し、neoplasmは病理学的な腫瘍性増殖を表す。tumorは日常臨床ではneoplasmに近い意味で使われることが多い。

カルテや画像診断レポートでの使い分け

診断が確定していない段階では、次のような記載が適切です。

CTで膵頭部に3cm大のmassを認める。

この表現から分かるのは、「膵頭部に塊がある」ということだけです。

この段階では、

  • 膵癌

  • 神経内分泌腫瘍

  • 腫瘤形成性膵炎

  • 自己免疫性膵炎

  • 膵嚢胞性病変

などが鑑別に挙がります。

その後、精査によって膵神経内分泌腫瘍と診断されれば、

pancreatic neuroendocrine tumor

と表現できます。

このように、診断が確定していない段階では、断定を避けてmassと表現することが臨床的に重要です。

医学生に覚えてもらいたい一文

医学生には、まず次の一文を覚えてもらうとよいでしょう。

massは「塊がある」という所見、tumorは「腫瘍性病変である」という診断・性質を表す。

さらに簡潔に言えば、

massは形、tumorは中身。

という説明でもよいでしょう。

ただし、tumorは必ずしも病理診断後にしか使えない言葉ではありません。

画像所見や臨床経過から腫瘍性病変が強く疑われる場合には、診断確定前でも「腫瘍」やtumorと表現されることがあります。

したがって、実際の使い分けでは、

どこまで病変の正体が分かっているのか

を意識することが重要です。

まとめ

腫瘤と腫瘍の違いは、次のように整理できます。

用語 英語 主な意味
腫瘤 mass 診察や画像で確認された塊
腫瘍 tumor 腫瘍性病変、または腫瘍と考えられる病変
新生物 neoplasm 細胞の自律的増殖によって形成された病変

臨床では、massは「所見」、tumorは「病変の性質や診断」に近い言葉です。

たとえば、

  • 脂肪腫はmassであり、tumorでもある

  • 肺癌はmassであり、tumorでもある

  • 膿瘍はmassではあるが、tumorではない

  • 血腫はmassではあるが、tumorではない

と考えると理解しやすいでしょう。

最後に、医学生に伝えたいポイントはこれです。

画像に塊が見えたからといって、すぐに腫瘍とは限らない。まずは「mass」として捉え、その正体を明らかにしていく。

これは単なる用語の使い分けではありません。

診断が確定していない段階で病名を決めつけず、感染症、炎症性疾患、血腫、嚢胞なども含めて鑑別診断を考えるという、臨床推論の基本姿勢にもつながります。

これはぜひ加えたい内容です。医学生は**「腫瘤(mass)」「結節(nodule)」「腫瘍(tumor)」をごちゃ混ぜ**に覚えてしまうことが多いため、この3つを整理すると理解が一気に深まります。

なお、「結節(nodule)」と「腫瘤(mass)」は画像診断では大きさで定義されることが多いのに対し、「腫瘍(tumor)」は病理学的概念であることを強調すると分かりやすいでしょう。

以下の「番外編」をブログの最後に追加することをおすすめします。


👀番外編:画像診断では「結節」と「腫瘤」は大きさで区別する

ここまで「mass」と「tumor」の違いについて説明しました。

実は、画像診断ではもう一つ重要な用語があります。

それが「結節(nodule)」です。

胸部X線やCTでは、「結節」と「腫瘤」は大きさによって使い分けられることが一般的です。

肺病変では3 cmが一つの境界

肺病変では、一般的に次のように分類されます。

用語 英語 大きさ
小結節 micronodule 3 mm未満
結節 nodule 3 mm以上30 mm以下
腫瘤 mass 30 mm(3 cm)を超える

つまり、

  • 3 cm以下なら「結節(nodule)」

  • 3 cmを超えれば「腫瘤(mass)」

と呼ぶのが一般的です。

例えば胸部CTで、

右肺上葉に18 mmの陰影

であれば、

Pulmonary nodule

と記載されます。

一方、

45 mmの陰影

であれば、

Pulmonary mass

となります。


なぜ3 cmで区切るの?

この3 cmという境界には臨床的な意味があります。

もちろん3.1 cmだから癌、2.9 cmだから良性というわけではありません。

しかし、

大きくなるほど悪性腫瘍である可能性が高くなる

ことが知られています。

そのため、

30 mmを超える病変は画像診断の世界ではmassと表現されることが多くなります。


「mass=癌」ではない

ここで注意したいのは、

massだから癌という意味ではない

ということです。

例えば、

  • 肺膿瘍

  • 炎症性偽腫瘍

  • 結核

  • 真菌症

でも3 cmを超えれば、

画像診断ではmassと記載されます。

つまり、

massは「大きな塊」という画像所見にすぎません。


用語を整理すると

ここまでを整理すると、次の表になります。

用語 基準 何を表す?
Nodule(結節) 30 mm以下 小さな塊(画像所見)
Mass(腫瘤) 30 mm超 大きな塊(画像所見)
Tumor(腫瘍) サイズでは決まらない 腫瘍性病変(病理学的概念)

つまり、

  • noduleとmassは「大きさ」の違い

  • tumorは「病変の正体」の違い

ということになります。


医学生へのワンフレーズ

最後に学生には、次の一文を覚えてもらうと混乱しません。

「NoduleとMassは画像診断の言葉、Tumorは病理の言葉。」

あるいは、

「画像ではまず『大きさ』を表現し、病理で『正体』を表現する。」

この考え方を身につけると、CTレポートや英語論文が格段に読みやすくなります。


(追記)厳密には臓器ごとに定義が異なる

最後に一つ補足です。

「3 cmルール」は肺結節・肺腫瘤における代表的な定義であり、肺画像診断では国際的にも広く用いられています(Fleischner Societyなど)。

一方で、肝臓、腎臓、甲状腺、乳腺などでは、「結節」や「腫瘤」の使い方が必ずしもサイズだけで決まるわけではありません。臓器ごとに画像診断の用語や分類法が異なるため、このサイズ分類は主に肺病変に適用されるものと理解しておくと正確です。

おまけ

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おせっか医!? 家庭医!? が実践する 「気が利く」 とは?

この書籍は、医療者-患者関係の強化を目指す私にとって、目からウロコ的な視点や分類であった。書籍情報は最後にあります📘
KeyWord:理論説、シミュレーション説、係留と調整、認知的理解、感情的理解、共感と配慮、自己評価と自己高揚など

「気が利く」は先回りではなく、“確かめる力”である――唐沢かおり『「気が利く」とはどういうことか』を家庭医の視点で読む

「気を利かしたいけど、利かすことができない」
「患者さんやスタッフにもっと気の利いたことをいいたい」
「気を利かせたつもりだったのに、なぜか相手に嫌がられてしまった」

そんな経験はないでしょうか。

困っていると思って手伝ったら、「自分でやりたかった」と言われた。相手を心配して助言したら、「余計なお世話だ」と受け取られた。患者さんのためを思って治療方針を提案したのに、納得してもらえなかった。

気が利く行為と、ありがた迷惑は、案外近いところにあります。
「家庭医」を「おせっか医」と表現させることがありますし、やはり相手の懐にうまくはいっていき「気の利いた」医師になりたいと思うのも当然のこととも思う。

著者の唐沢かおりさんは社会的認知を専門とする心理学者で、本書では「心を読む」「気持ちに配慮する」「自己を制御する」という流れから、「気が利く」の仕組みが整理されています。

ポイント

  • 「気が利く」ためには、相手の気持ちを推し量る必要がある

  • 共感には、感情的共感と認知的共感がある

  • 善意による配慮も、相手の自己決定を奪えば不適切になる

  • 「相手のため」が、実は「良い自分でありたい」という自己高揚になっていないか注意が必要である

家庭医療(学)の実践とも深くつながる内容でした。

「気が利く」を支える3つの働き

本書では、「気が利く」振る舞いのポイントとして、次の3つが挙げられています。

1つ目は、他者の気持ちを推し量ること
2つ目は、他者の気持ちに配慮すること
3つ目は、自分の気持ちを制御することです。

この3つは、順番にも意味があると思う。

まず、「相手は何を感じ、何を望んでいるのか」という仮説を立てる。その理解をもとに、自分が何をするべきかを考える。そして、自分の言いたいことや、してあげたいことを、必要に応じて抑える。

つまり、「気が利く」とは、単に先回りして何かをすることではありません。

相手の心を推測し、その推測が正しいかを吟味し、自分の言動を調整する一連の過程なのです。

私たちは他者の心を読まずにはいられない

人間は、他者の行動を見ると、その理由を考えます。

返事が遅ければ、「忙しいのだろうか」「怒っているのだろうか」と推測します。これはあらためて考えると面白くて、推測してみようとしてスイッチが入るのではなく、気づいた時にはすでにスイッチが入って推測が動き始めていることがほとんどです。
診察室で患者さんが腕を組んでいれば、「警戒しているのかもしれない」と考えます。会議中に誰かが黙っていれば、「反対している」「理解できていない」「発言の機会を待っている」など、さまざまな意味を読み取ろうとします。

しかし、私たちが直接観察できるのは、表情、言葉、声の調子、行動だけです。

心そのものを見ることはできません。

それでも私たちは、目に見える情報から、相手の考えや感情、意図、希望を推測します。このように、他者の心の状態を理解しようとする働きは、「心の理論」やマインドリーディングと呼ばれます。

その仕組みを説明する代表的な考え方として、理論説シミュレーション説があります。もっとも、現在では両者を完全な二者択一と考えるのではなく、場面に応じて複数の方略を使っていると考える方が自然でしょう。

心の読み方 仕組み 典型的な考え方
理論説 経験、知識、一般的な法則などから推論する 「このような状況では、多くの人は不安になるだろう」
シミュレーション説 自分を相手の立場に置き、自分の心をモデルとして推論する 「自分が同じ立場なら、きっと不安になる」

理論説――知識を使って相手を理解する

理論説では、これまでの経験や知識を使って、相手の心を推測します。

例えば、

「初めて入院する人は不安を感じやすい」

「仕事を失った人は、将来への不安を抱えているかもしれない」

「小さな子どもを育てている親は、自分の受診時間を確保しにくい」

といった知識を手がかりにします。

これは臨床でも重要です。

医学的な知識だけでなく、病気が生活に与える影響、家族関係、仕事、経済状況、文化的背景などを理解していなければ、患者さんの気持ちを適切に推測することはできません。

一方で、理論説には大きな落とし穴があります。

一般的な知識が、いつの間にか悪い意味でのステレオタイプに変わってしまうことです。

「高齢者には難しい説明は理解できないだろう」

「若い人だから、健康について深く考えていないだろう」

「医療者だから、医学的な説明は簡単でよいだろう」

このように、相手を一人の個人として見るのではなく、年齢、職業、性別、病名などの「型」に当てはめて理解したつもりになることがあります。

一般に、人は「あなた」という個人ではなく、「高齢者」「患者」「若者」「医療者」といったカテゴリーだけで扱われることを好みません。

理論は相手を理解するための地図にはなりますが、地図を本人だと思い込んではいけないのです。

脱線するが、この辺のバイアスによって思考が乱れないように以下の曲をおくりますので、ここからはブログを読む際のバックミュージックにして下さい。
ステレオタイプ!という歌詞がでてくる前後が秀逸です。


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シミュレーション説――「自分ならどう感じるか」を手がかりにする

シミュレーション説では、自分を相手の立場に置き、自分なら何を感じ、何を考えるかを手がかりにします。

例えば、同じ年代で、同じような仕事をしており、同じ年頃の子どもがいる人の悩みを聞くと、

「自分だったら、きっとこう感じる」

という想像が働きやすくなります。

自分と相手の類似性が高いと感じられるほど、シミュレーションによる推論は行いやすくなります。一方、自分とは異なる背景を持つ相手に対しては、一般的な知識やカテゴリーに基づく理論的な推論を使いやすくなります。

ただし、似ているからこそ生まれる誤解もあります。

同年代の患者さんを診察した医師が、

「自分なら多少の副作用があっても、効果の高い治療を選ぶ」

と考えたとします。

しかし、その患者さんが同じ選択をするとは限りません。

医師は治療効果を重視していても、患者さんは仕事を休まずに続けられることを最も重視しているかもしれません。あるいは、自宅で家族と過ごす時間を優先しているかもしれません。

似ていることは、同じであることではありません。

シミュレーションは他者理解の有力な入口ですが、自分を相手に投影するだけでは、相手の心を理解したことにはならないのです。

「係留と調整」――私たちは自分を出発点にしてしまう

他者の視点を理解するとき、私たちはまず自分の考えを出発点とし、そこから相手に合わせて調整することがあります。

このような判断過程は、係留と調整、英語ではアンカリング・アンド・アジャストメントと呼ばれます。アンカリングと聞くとアンカリング・バイアスを思い出す🧠

話を戻すが例えば、

「イギリス国会における女性議員の割合は何%か」

と突然尋ねられても、詳しい人でなければ見当がつきません。

そこで、

「仮にスウェーデンの女性議員は45%である」という情報が加わると、イギリスはそれより少ないだろうから、30%くらいだろうか・・・。

と推測が始まる。

このときの「45%」が、判断の出発点となるアンカー、すなわち係留点です。そこから上げたり下げたりして、最終的な答えを作ります(調整)。

問題は、私たちの調整がしばしば不十分になることです。最初に置いたアンカーに、最終判断が引っ張られてしまいます。

これは患者さんの気持ちを考えるときにも起こります。

医師が、

「自分なら入院して、しっかり治療を受けたい」

と考えた場合、その判断がアンカーになります。

そこから、

「この患者さんは仕事があるから、少し入院を嫌がるかもしれない」

「家族の介護があるから、さらに難しいかもしれない」

と調整していきます。

しかし、調整が不十分であれば、最終的な提案は依然として医師自身の価値観に近いままです。

家庭医療で求められるのは、自分のアンカーを完全になくすことではありません。それはおそらく不可能です。

大切なのは、

「私は自分の価値観(自分の勝手に作った係留点/アンカー)を出発点にしていないだろうか」

と自覚し、患者さん本人に確認することです。

「私にはこのように感じられましたが、合っていますか」

「治療を考えるうえで、今いちばん大切にしたいことは何ですか」

この一言が、推測を理解・共感へと変えていきます。

共感とは、相手と同じ気持ちになることなのか

他者の心を理解するうえで、欠かせないのが共感です。

心理学者カール・ロジャーズは、共感を、相手の内的な世界を、あたかも自分の世界であるかのように理解しつつ、自分と相手の区別を失わないこととして説明しました。

ここで重要なのは、「あたかも」という感覚を失わないことが大切だと思う

相手の苦しみに近づきながらも、「これは相手の経験であり、自分の経験ではない」という境界を保つ。相手と一体化するのではなく、相手の視点から世界を理解しようとするのです。

どうしても納得行かない相手の価値観への声掛けとして
「なるほど、あなたはそう思われるんですね。」(※:下記参照)
と言えると、少し心穏やかになり、相手の考えを修正したい!修正したい!修正したい!の囚われから少し逃れることができる。

(※)実は、私は曲がったことが大嫌いで訂正したくなっちゃく病でもあったので、どうしても納得行かない相手の価値観への対応は、若かれし頃、とても苦労したんですが、とある指導医に教えて頂いたこの一言に救われた。
補足しておくと、曲がったことが大嫌いだけど別に自分がするのは嫌いじゃないので、よく自分では曲がったことをしてます。w
曲がったことと聞くと、、


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話をもどすと共感は、大きく感情的共感と認知的共感に分けて考えることができます。

共感の種類 内容 医療現場での例
感情的共感 相手の感情が自分にも響き、似た感情が生じる 泣いている患者さんを前にして、自分も胸が苦しくなる
認知的共感 相手の立場、状況、価値観を知的に理解する なぜ患者さんが治療を拒否するのか、その背景を理解する

感情的共感――相手の感情が自分にも響く

感情的共感とは、相手が悲しんでいると自分も悲しくなり、相手が喜んでいると自分もうれしくなるような反応です。

例えば、長年介護を続けてきた家族が診察室で、

「もう限界です」

と涙を流したとします。

その姿を見て、医師自身も胸が締め付けられる。これは感情的共感です。

感情的共感には、身体や神経系を含む生物学的な基盤が関係すると考えられています。その説明でしばしば登場するのが、他者の行動を見たときに、自分が同様の行動をするときと重なる活動を示すミラーニューロン・システムです。

ただし、「ミラーニューロンがあるから人は共感できる」と単純化することはできません。ミラーニューロン・システムと共感との関連を示す研究はあるものの、実証結果は一貫しておらず、人間の複雑な共感を一つの神経システムだけで説明することは困難です。

感情的共感は、人と人とをつなげます。

一方で、強く共感しすぎると、冷静な判断が難しくなることがあります。

患者さんのつらさに引き込まれ、本人が求めていない支援まで先回りしてしまう。患者さんには強く共感できても、対立している家族や医療スタッフの事情が見えなくなる。

共感した相手の感情に身を任せるだけでは、必ずしも適切な配慮にはつながらないのです。唐沢さんも、共感が特定の相手への肩入れを強め、第三者への否定的な感情につながる可能性を指摘しています。

認知的共感――同じ気持ちになれなくても、理解する

認知的共感とは、相手の視点や状況を知的に理解する能力です。
医療現場で言われている、いわゆる共感がこれにあたる。

例えば、糖尿病の患者さんが治療を中断していたとします。

感情的共感だけで考えると、

「病気が悪化するのに、なぜ治療を続けないのだろう」

と感じるかもしれません。

しかし、詳しく話を聞くと、

  • 薬を飲むと仕事中にトイレへ行く回数が増える

  • 受診するために仕事を休むと収入が減る

  • 家族には病気のことを知られたくない

  • 過去に医療者から叱責され、受診が怖くなった

といった事情が見えてくることがあります。

医師が同じ経験をしていなくても、

「この生活状況では、通院を続けること自体が難しいのだ」

と理解することはできます。

これが認知的共感です。

認知的共感は、「相手と同じ気持ちになること」ではありません。

相手の行動を、怠慢や無責任と評価する前に、

「この人の立場から見ると、どのような世界が見えているのだろう」

と考えることです。

家庭医療では、感情的共感と認知的共感の両方が必要です。

感情的共感だけでは、医療者自身が疲弊したり、特定の患者さんに肩入れしすぎたりすることがあります。一方、認知的共感だけでは、患者さんから「理屈では分かってくれているが、気持ちは受け止めてもらえない」と感じられるかもしれません。

心で近づき、頭で整理し、行動は一緒に考える。

そのバランスが重要です。

一般診療における共感は、患者の不安や苦痛、満足度、治療関係などと関連することが報告されていますが、共感を単なる診療技法として扱うのではなく、患者を理解する継続的な過程として捉える必要があります。

共感界隈で一番大切な事は、共感することではない

共感界隈で一番大切な事は、「(感情的and or認知的)共感“する”」のではなく、
相手に、「相手に共感してもらってる」と思ってもらうことであると思ってます。
でもそれは、配慮とは違うという話をしていきます。

共感と配慮は同じではない

共感と配慮は似ていますが、同じものではありません。

共感は、相手の気持ちを理解することです。

配慮は、その理解を踏まえて、自分がどう行動するかを決めることです。

患者さんが不安であることを理解したからといって、すぐに検査を追加することが適切とは限りません。

検査を増やせば一時的に安心するかもしれませんが、偶発的な異常が見つかり、さらに検査や治療が必要になる可能性もあります。

逆に、患者さんが不安を訴えていても、その不安について十分に話を聞くことが、検査を追加するより重要な場合があります。

共感は、「相手が不安である」と理解すること。

配慮は、「では、この人にとって望ましい対応は何か」を考えること。

そして適切な配慮には、共感だけでなく、医学的判断、長期的な影響、家族や周囲の状況、本人の希望などを俯瞰する視点が必要です。

良かれと思った配慮が、なぜ不適切になるのか

本書では、不適切な配慮を、日常生活で問題になりやすい3つのパターンに分けています。

1.相手の考えや状況を確認せず、過剰に介入する

困っているように見えたため、本人に確認せず手伝ってしまう。

医療であれば、患者さんが希望しているかを確認しないまま、家族への連絡、介護サービスの調整、入院の手配などを進めることが考えられます。

支援する側には、

「自分なら助けてもらいたい」

というシミュレーションがあるのかもしれません。

しかし、相手は自分で考え、自分で決め、自分で行動したいと思っている可能性があります。

善意でアクセルを踏んでも、ハンドルを相手に握らせていなければ、望まない方向へ進んでしまいます。

2.相手の理解力や能力を過小評価する

高齢の患者さんに対して、最初から詳しい説明を省略する。

本人ではなく、付き添ってきた家族にだけ話しかける。

「難しいことは分からないだろう」と考え、本人ができることまで支援者が代わりに行う。

これも配慮のように見えますが、相手の能力を低く見積もった支援です。

理論説で用いられる一般知識が、

「高齢者は理解が難しい」

というステレオタイプに変わると、目の前の患者さんを個人として見ることができなくなります。

必要なのは、説明を省くことではなく、その人に合った説明方法を探すことです。

3.属性や能力への思い込みから、差別的に振る舞う

年齢、性別、職業、障害、出身地、病名などから、その人の考えや能力を決めつけることです。

「この年代の人は新しい治療を望まないだろう」
「医療者なのだから、詳しい説明はいらないだろう」
「生活習慣病なのだから、自己管理ができていない人だろう」

こうした推論は、相手を理解するための理論ではなく、相手を見なくても済ませるための近道になっています。

ステレオタイプは、情報が少ないときに素早く判断するには便利です。

しかし、便利な判断ほど、間違っていることに気づきにくいのです。

過剰な支援は、相手の自己決定を脅かす

人には、自分の行動や選択を自分で決めたいという欲求があります。

自己決定理論では、自律性、すなわち「自分の行動を自分で選んでいる」という感覚は、人間の基本的な心理的欲求の一つとされています。

ところが、支援する側が、

「あなたはこうするべきです」

「こちらで決めておきました」

「あなたには難しいので、私がやります」

と先回りすると、相手の選択の自由を脅かします。

自由を制限されたと感じたとき、人はその自由を取り戻そうとして、勧められた行動に反発することがあります。心理学では、これを心理的リアクタンスと呼びます。

医師が強く治療を勧めれば勧めるほど、患者さんがかたくなに拒否する。

家族が何度も受診を促すほど、本人が病院へ行きたがらなくなる。

それは、単に「理解がない」「頑固である」という話ではないかもしれません。

自分の人生について、自分で決める権利を守ろうとしている可能性があります。

特に医療では、支援する側と支援される側の間に、力の非対称性が生まれやすくなります。

医師は病気や治療の専門家です。しかし、患者さんは自分の生活と人生の専門家です。

医師が医学的に正しい答えを知っていたとしても、その答えが患者さんの人生にとって最善であるとは限りません。

患者中心の医療や共同意思決定では、医療者が医学的情報を提供し、患者が自分の価値観や希望を提示し、両者が一緒に方針を決めます。

「この治療を受けてください」ではなく、

「治療にはこのような選択肢があります。あなたは何を大切にして決めたいですか」

と尋ねる。

これもまた、医療者に求められる「気が利く」振る舞いなのだと思います。

不適切な配慮の背後にある自己中心性

ここまで読むと、

「相手のことをもっと考えればよい」

と思うかもしれません。

しかし、問題はそれほど単純ではありません。

人間は、自分の視点、自分の経験、自分の価値観から完全に離れることはできません。

私たちは、自分を出発点として世界を見ています。

したがって、「相手のため」と考えているときにも、自分の希望や感情が入り込みます。

「困っている人を放っておけない」

「自分が助けなければならない」

「感謝されたい」

「良い医師だと思われたい」

これらの気持ちは、必ずしも悪いものではありません。

問題は、自分の欲求が相手の希望より優先されているのに、それを「相手のため」と認識してしまうことです。

自己評価と自己高揚――私たちは「良い自分」でいたい

自己評価とは、自分がどのような人間であるかを判断することです。

人は自分について、できるだけ正確に知りたいと思う一方で、自分を価値ある、優れた、善良な人間だと思いたいという欲求も持っています。

このように、自分を肯定的に評価し、自尊感情を維持しようとする動機を、自己高揚動機と呼びます。

自己高揚そのものは、悪いものではありません。

「自分には価値がある」

「自分ならできる」

と思えることは、精神的な健康や、困難に取り組む力を支えます。

しかし、自己高揚が強くなると、自分に都合よく出来事を解釈しやすくなります。

うまくいったときは、

「自分の説明が良かったからだ」

と考え、うまくいかなかったときは、

「患者さんが指示を守らなかったからだ」

と考える。

患者さんに丁寧に対応したときは覚えていても、忙しさから話を十分に聞けなかった場面は忘れてしまう。

そして、

「自分は患者思いの医師である」

という自己像を守ろうとします。

自己高揚が不適切な配慮につながるのは、「相手を助けること」が「良い自分であることを確認する行為」に変わったときです。

患者さんが支援を望んでいなくても、

「私はあなたのために、ここまでしている」

と介入を続ける。

相手が断ると、

「せっかくしてあげたのに」

と不満を感じる。

この瞬間、配慮の中心は相手ではなく、支援者自身になっています。

家庭医療で起こりやすい「善意のすれ違い」:おせっか医の弊害?!

例えば、一人暮らしの高齢患者さんについて、医師が心配し、介護サービスの導入を勧めたとします。

医師には、

「転倒したら危ない」

「服薬管理も心配だ」

「今のうちに支援を増やした方がよい」

という医学的、社会的な根拠があります。

ところが、患者さんは支援を拒否します。

医師は、

「危険性を理解していない」

と考えるかもしれません。

しかし、患者さんにとっては、

「知らない人が家に入ってくること」

「これまで自分でできていたことを他人に任せること」

「周囲から、もう一人では暮らせない人だと思われること」

の方が大きな問題なのかもしれません。

医師は「安全」を守ろうとしている。

患者さんは「自分らしさ」や「自立」を守ろうとしている。

どちらかが間違っているわけではありません。

ここで必要なのは、医師の提案を押し通すことでも、すぐに支援を諦めることでもありません。

「どのような支援なら受け入れられるか」

「何が一番嫌なのか」

「どの程度の危険なら本人は受け入れられるのか」

を一緒に考えることです。

気が利くとは、相手の代わりに正解を決めることではありません。

相手が自分で決められるように、必要な情報と選択肢を整えることなのです。

自分の気持ちを制御するとは、感情を消すことではない

本書が挙げる3つ目のポイントは、「自分の気持ちを制御すること」です。

制御というと、感情を我慢したり、自己主張を抑えたりすることのように聞こえます。

しかし、必要なのは、自分の感情をなくすことではありません。

まず、

「私は今、助けたいと思っている」

「納得してもらえず、いら立っている」

「良い医師だと思われたい」

「早く結論を出して、次の患者さんを診たい」

と、自分の内側にある気持ちに気づくことです。

そのうえで、その感情のまま行動するのか、いったん立ち止まるのかを選びます。

忙しい外来では、患者さんの話を途中で理解したつもりになり、

「つまり、こういうことですね」

と話をまとめたくなります。

しかし、本当に気が利く一言は、

「私の理解は合っていますか」

なのかもしれません。

「気が利く」を診療で実践する4つの段階

本書の内容を家庭医療に引きつけて整理すると、次の4段階になります。

1.推測する

「この患者さんは、何を不安に感じているのだろう」

「この治療をためらう理由は何だろう」

と仮説を立てます。

2.確認する

「このように感じておられるのでしょうか」

「私の理解は合っていますか」

と、本人に確認します。

3.提案する

確認した価値観や希望を踏まえて、選択肢を提示します。

4.選択権を返す

「どの方法が今の生活に合いそうですか」

「今日は決めずに、持ち帰って考えることもできます」

と、本人が選べる余地を残します。

この順番で考えると、「気が利く」とは、相手の希望を言い当てる能力ではないことが分かります。

むしろ、自分の推測が外れている可能性を認め、相手に確かめ、修正できる能力なのです。

配慮する前に確認したい5つの問い

誰かのために何かをしようとするとき、私は次の問いを持っておきたいと思います。

  • これは本当に相手が望んでいることだろうか

  • 相手に確認せず、自分ならどうするかで決めていないだろうか

  • 相手の年齢や属性から、能力を決めつけていないだろうか

  • 相手には断る自由が残されているだろうか

  • 「相手のため」と言いながら、自分が満足することを優先していないだろうか

この問いに、いつも完璧に答えられるわけではありません。

そもそも他者の心を完全に理解することはできません。

だからこそ必要なのは、読み違えないことではなく、読み違えたときに修正する姿勢です。

「気が利く」は、相手を支配しない配慮である

「気が利く人」と聞くと、相手が口にする前に希望を察し、素早く行動できる人を想像します。

しかし、本書を読んで私が感じたのは、少し違う姿でした。

本当に気が利く人とは、相手の心を正確に見抜ける人ではありません。

自分の推測を絶対視しない人です。

共感しながらも、相手との境界を失わない。

支援しながらも、相手の能力を奪わない。

助言しながらも、相手に断る自由を残す。

そして、自分の善意や承認欲求が、相手の希望を追い越していないかを振り返る。

つまり、「気が利く」とは、

他者の気持ちを推し量り、その人の気持ちに配慮しながら、自分の気持ちを適切に制御することです。

気が利くことは、相手の一歩先を歩くことではありません。

相手の隣を歩き、ときどき、

「この方向で合っていますか」

と確認することなのだと思います。

といったところで終わり。
あとは、実践あるのみ、、、?
ご意見お待ちしてます☺️

書籍情報

唐沢かおり
『「気が利く」とはどういうことか――対人関係の心理学』
ちくま新書、2025年、224頁。

おまけ

わたくし、日常診療のかたわら、『医はき師 てらぽん』(はき師=医師+はり師+きゅう師)を名乗り、医師、鍼灸師を含む医療人が正しく活躍でき、お困りの方々がHappyになれるようなことをデザイン中✨
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鍼灸素麺

terapon-chanpon.hatenablog.com

※本記事の作成には生成AIを併用しています。内容については十分に確認しておりますが、誤りが含まれる可能性があります。掲載内容の正確性や最新性については、ご自身でもご確認ください。なお、本記事の内容を利用・転載・流用したことにより生じたいかなる損害や不利益についても、当方は責任を負いかねます。

 

書籍『リーダーの「任せ方」の順番』から派生した様々なこと

『リーダーの「任せ方」の順番』――任せる・育てる・医療安全を両立する実践ガイド

メタディスクリプション
K-HANDS-NEXTで取り扱った『リーダーの「任せ方」の順番』を、医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、医療機関の管理職向けに解説する。まぁ生成AIに書いてもらって、備忘録的な記事です。EMPOWER、心理的安全性、Will-Can-Must、社会人基礎力、GROW、コルブの学習サイクルなどを、医療現場の具体例とともに整理する。
書籍情報は最後にあります。
書籍外のこともまとめたので、目次をみて気になるとことに飛んで下さい。


「後輩に任せたい。でも、自分でやったほうが早い」

「任せて失敗されるくらいなら、自分でやったほうが安全だ」

「指示を細かく出すと主体性が育たない。しかし、何も言わなければ丸投げになる」

医療現場で働いていると、このような葛藤に何度も出会う。

「成長のために、まずやらせてみよう」

この言葉だけでは済まされない場面がある。

一方で、失敗を恐れてリーダーがすべてを抱え込めば、後輩は経験を積めず、リーダーは疲弊し、組織はその人がいなければ動けなくなる。

では、任せることと医療安全を、どのように両立すればよいのだろうか。

そんなこんなの解決の一助になるようにメモを残す

この記事で分かること

  • リーダーが仕事を抱え込みすぎてはいけない理由

  • 「任せる」と「押し付ける」の違い

  • 医療現場での「任せてよい失敗」と「許容できない失敗」

  • Will-Can-Mustを使った任せる仕事の選び方

  • 社会人基礎力12項目の医療現場での具体例

  • EMPOWERメソッドを使った依頼の方法

  • 心理的安全性と医療安全を両立する方法

  • OJT、GROWモデル、コルブの学習サイクルの使い分け

  • ベテラン職員に任せるときのポイント

  • 明日から使える「任せ方チェックシート」


本書から得た最大の学び――任せるとは「仕事の移動」ではない

本書を読んで、最も大切だと感じたのは、次の点である。

任せるとは、上司の仕事を部下へ移すことではない。
相手が力を発揮し、成長し、主体的に動ける条件を設計することである。

仕事の移動だけを考えると、任せる行為は「業務の割り振り」になる。

しかし、人の成長まで考えると、任せる行為は「機会の設計」になる。

さらに医療現場では、患者安全まで考えなければならない。

したがって、医療における任せ方は、次の三つを同時に成立させる営みだと考えられる。

観点 問い
業務遂行 誰が、何を、いつまでに行うのか
人材育成 この経験によって、本人にどのような力がつくのか
医療安全 どこまで本人に任せ、どこから上司が関与するのか

この三つのうち、一つでも欠けると問題が生じる。

業務遂行だけを考えれば「押し付け」になりやすい。

人材育成だけを考えれば、患者を練習台にしかねない。

医療安全だけを考えて上司がすべてを行えば、後輩が育たず、持続可能性が失われる。

任せる力とは、この三つのバランスを取る力なのである。


上司の役割は「得手」と「主体性」を引き出すこと

本書では、上司の役割を大きく二つに整理している。

  1. 部下の得手を引き出す

  2. 部下の主体性を引き出す

これは、医療現場でもよく分かる。

例えば、診療経験では指導医が勝っていても、若手医師のほうが新しい診療支援AIや文献検索ツールに詳しいことがある。

看護管理者より、現場のスタッフのほうが夜勤帯の患者動線や、記録業務の無駄をよく知っているかもしれない。

ベテラン薬剤師より若手薬剤師のほうが、電子カルテから効率よく情報を抽出する方法を知っていることもある。

上司であることは、「あらゆる能力で部下より優れている」という意味ではない。

上司の役割は、すべての答えを持つことではなく、チームの中に散在している力を発見し、適切な場所で発揮してもらうことなのである。

「主体性がない人」と決めつけない

ある仕事に消極的だからといって、その人全体に主体性がないとは限らない。

例えば、症例検討会ではほとんど発言しない研修医が、患者説明用の資料作成では驚くほど力を発揮するかもしれない。

委員会活動には消極的な看護師が、新人指導では細やかな観察力と責任感を発揮することもある。

抽象化すると、主体性は固定された性格ではなく、次の条件によって変化する状態と考えたほうがよい。

  • 仕事に意味を感じられるか

  • 自分の得意分野を生かせるか

  • 適切な裁量が与えられているか

  • 失敗時に支援を受けられるか

  • 成長の見通しが持てるか

「この人には主体性がない」と評価する前に、「どの条件が欠けているのか」を考える必要がある。


プレイングマネジャーの個人業務は3割まで

本書では、リーダーの個人業務を全業務の3割程度にとどめることが推奨されている。

紹介されている調査では、個人業務を3割程度に抑えているマネジャーの組織はパフォーマンスが高く、5割を超えると組織成果が低下する傾向が示されたという。1日8時間勤務なら、個人業務はおおむね2~3時間が目安となる。

8時間勤務を分解すると

業務の種類 時間の目安 具体例
リーダー自身の個人業務 約2~2.5時間 自分の診療、文書作成、専門業務
メンバーとの対話・支援 約2時間 相談対応、進捗確認、フィードバック
チームの改善・未来づくり 約2時間 業務改善、教育、体制整備
調整・緊急対応 約1.5~2時間 会議、他部署との連携、突発対応

もちろん、医療現場では勤務時間をこのとおりに分割できない日もある。

救急搬送が続く日もあれば、欠勤者の代わりに自分が臨床業務を担わなければならない日もある。

重要なのは、毎日厳密に3割にすることではない。

慢性的にリーダーの個人業務が半分以上を占めていないかを点検することである。

1日8時間のうち、個人業務が3時間に達しているなら、すでに37.5%である。恒常化しているなら、黄色信号と考えたほうがよい。

忙しいリーダーは、相談の入口を閉じてしまう

リーダーが忙しそうにしていると、メンバーは次のように考える。

  • 「今、声をかけるのは申し訳ない」

  • 「これくらいは自分で処理しよう」

  • 「もう少し状況がはっきりしてから報告しよう」

  • 「悪い知らせを持っていくと機嫌を損ねそうだ」

その結果、相談や報告が遅れる。

医療では、相談の遅れが患者安全に直結することがある。

リーダーの余白は、単なる働きやすさではない。

チームの報告経路を開いておくための安全装置なのである。


※部下が「信頼されている」と感じるのは、仕事を任されたとき

上司は、部下を信頼しているつもりでも、その信頼が本人に伝わっているとは限らない。

「期待しているよ」

「いつも助かっている」

そう言われることも嬉しいが、信頼を最も具体的に感じやすいのは、重要な仕事を任されたときである。

本書でも、仕事を任される経験が、本人に「自分は信頼されている」という感覚を与えると説明されている。

ただし、何でも渡せば信頼になるわけではない。

同じ仕事でも、本人が「任せてもらった」と感じる場合と、「面倒な仕事を押し付けられた」と感じる場合がある。

その違いは、仕事の内容だけではなく、依頼の文脈にある。


「任せられて嬉しい」と「押し付けられた」の境界線

押し付けに聞こえる伝え方

「手が空いているなら、これをやっておいて」
「誰もやる人がいないからお願い」
「簡単だから、できるよね」
「とにかく金曜日までによろしく」

これらの伝え方では、上司側の都合しか伝わらない。

本人にとっては、なぜ自分なのか、この経験が何につながるのか、何を期待されているのかが分からない。

任せられたと感じやすい伝え方

「この退院支援カンファレンスの進行を、あなたに任せたいと思っています。最近、患者さんや多職種の話を整理する力が伸びているからです。今回の経験を通じて、チームの意見をまとめる力をさらに身につけられると思います。最初に進め方を一緒に確認し、終わった後に振り返りましょう」

本書は、なぜその人に任せるのか、その仕事がどのような成長につながるのかを具体的に伝えることが、「任されて嬉しい」という感覚につながると説明している

割り当てるのではなく、提案する

任せ方の基本形は、次のようになる。

「○○をあなたに任せたいと思っています。
あなたの△△という強みが生かせるからです。
この経験を通じて、□□の力を伸ばせると思います。
どう感じますか」

最後の「どう感じますか」が重要である。

本人の不安、現在の業務量、関心、必要な支援を聞くことで、一方的な命令が対話に変わる。

任せるとは、拒否を一切許さない形で仕事を渡すことではない。

組織上の必要性を伝えながら、本人が自分の課題として引き受けられる条件を一緒につくることである。


Will-Can-Mustで「誰に何を任せるか」を考える

任せる仕事を考える際に役立つのが、Will-Can-Mustの枠組みである。

要素 意味 医療現場での問い
Will 本人がやりたいこと、ありたい姿 「今後、どのような医療者になりたいですか」
Can 現在できること、強み、経験 「得意なこと、周囲から頼られることは何ですか」
Must 組織や役割から求められること 「チームとして、今どの役割が必要ですか」

理想的なのは、三つが重なる仕事である。

本人がやりたいこと(Will)
          ×
本人ができること(Can)
          ×
組織が必要とすること(Must)
          ↓
     任せる仕事の候補

例えば、患者教育に関心があり、説明が得意な看護師に、糖尿病患者向けの説明資料の改訂を任せる。

これはWill、Can、Mustが重なっている。

一方、組織が必要としているからという理由だけで、本人の関心や能力を無視して業務を渡すと、「やらされ仕事」になりやすい。

Willを明確に語れる人は、案外少ない

「将来、何をしたいですか」

そう尋ねても、すぐに答えられる人ばかりではない。

特に、日々の業務で精いっぱいの人や、まだ十分な経験を積んでいない人にとって、明確なWillを語ることは難しい。

その場合、壮大な将来像を求めなくてよい。

次のような質問から始めると、Willの種が見つかりやすい。

  • 最近、やっていて面白かった仕事は何か

  • もう少し上手になりたいことは何か

  • 周囲から感謝された仕事は何か

  • 苦にならずに続けられることは何か

  • 半年後、今より少しできるようになっていたいことは何か

  • 「この人のようになりたい」と思う医療者はいるか

Willは、上司が聞き出す「正解」ではない。

対話を重ねながら、本人と一緒に言語化していく仮説である。


「教えれば育つ」は幻想――教えて、課題を残す

「教えれば育つ、は思い込み」という問題提起がある。

知識を伝えるだけで、人が自動的に成長するわけではない。

医学書を読んだだけでは診療ができないように、リーダーシップの説明を聞いただけでも人を動かせるようにはならない。

成長には、少なくとも次の要素が必要である。

知識を得る
  ↓
実際にやってみる
  ↓
うまくいかなかった部分に気づく
  ↓
原因を考える
  ↓
次の方法を試す

したがって、育成に必要なのは「教え切ること」ではない。

最低限必要なことを教えたうえで、本人が考えなければ解けない課題を残すことである。

医療現場の例

後輩に患者説明を任せるとき、説明内容を一字一句指定してしまえば、その場はうまくいくかもしれない。

しかし、本人は「上司の台本を再生した」だけで終わる。

一方、次のように任せると学習課題が残る。

「患者さんが治療の目的、主な選択肢、注意点を理解し、自分の希望を話せる状態をゴールにしましょう。説明の順番と言葉の選び方は任せます。説明前に、どのように進める予定か一度教えてください」

ゴールと安全条件は示す。

しかし、具体的な説明方法には本人が考える余地を残す。

この余白が、成長を生む。


最初に「失敗の定義」を決めておく

リーダーが任せきれない最大の理由の一つは、失敗への恐れである。

本書では、失敗を大きく次の二つに分けて考える。

  • 成長への投資になる失敗

  • 取り返しのつかない失敗

そして、取り返しのつかない失敗でなければ、学びのための投資として扱うという考え方が示されている。

ただし、この考え方を医療現場に持ち込むときは、慎重な翻訳が必要である。

患者の生命、重大な後遺症、個人情報、法令、倫理に関わる失敗を、安易に「成長への投資」と呼んではならない。

医療現場における失敗の三分類

区分 意味 リーダーの関与
赤:回避すべき失敗 患者への重大な危害、法令・倫理違反につながる 致死的な薬剤投与、重大所見の見逃し、個人情報漏えい 事前確認、直接監督、即時報告
黄:管理された挑戦 失敗時の影響はあるが、早期発見・修正が可能 初めての退院調整、患者説明、会議進行 中間確認、相談基準、バックアップ
緑:学習への投資 修正可能で、患者への重大な影響が少ない 資料作成、勉強会運営、業務改善案の作成 原則として本人に任せ、後で振り返る

任せる前に、少なくとも次の四点を決めておく。

  1. 絶対に避ける事態は何か

  2. どの時点で相談するか

  3. 上司が事前に確認する部分はどこか

  4. 問題が起きたとき、誰がどのように支援するか

「失敗しても大丈夫」と曖昧に伝えるのではない。

何が大丈夫で、何は大丈夫ではないのかを言語化する。

それが、安心して任せるための条件となる。


成功体験と失敗体験をどう考えるか

成功体験は、次の成功可能性を高める。

一方、本書では、ロケット打ち上げ産業の組織学習を分析したMadsenとDesaiの研究を紹介し、失敗経験の学習効果が成功経験より大きかったと説明している。本書の紹介記事では、分析係数の比較から「約4倍」と表現されている。

ただし、この「4倍」という数字には注意が必要である。

これは、世界のロケット打ち上げ組織を対象とした特定の研究モデルに基づく比較であり、あらゆる職場、あらゆる課題、ましてや医療事故にそのまま適用できる普遍的な倍率ではない。

大切なのは数字そのものではなく、次の構造である。

成功
→ 現在の方法が有効だと確認できる
→ 方法が洗練される

失敗
→ 現在の方法では足りないと気づく
→ 原因を探す
→ 新しい情報や方法を探索する
→ 認識や行動が更新される

失敗が自動的に学びになるわけではない。

失敗を隠したり、個人を責めたり、原因を曖昧にしたりすれば、同じ失敗が繰り返される。

失敗が学びになるためには、次の条件が必要である。

  • 重大な危害を避ける仕組みがある

  • 事実を率直に報告できる

  • 振り返る時間がある

  • 原因を個人の性格だけに帰属させない

  • 次に変える行動を決める

  • 再挑戦する機会がある

つまり、失敗からの学習効果を生むのは、失敗そのものではなく、失敗後の探索と振り返りなのである。


社会人基礎力を「任せる仕事の設計図」にする

経済産業省は、社会人基礎力を「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」とし、三つの能力と12の能力要素に整理している。(経済産業省)

社会人基礎力は、部下を評価するためだけの一覧表ではない。

「この仕事を任せることで、どの力を伸ばすのか」を考えるための地図として使える。

社会人基礎力12項目と医療現場の具体例

三つの力 能力要素 抽象的な意味 医療現場での具体例
前に踏み出す力 主体性 自ら取り組む 病棟の転倒事例を見て、自分から改善案を作る
前に踏み出す力 働きかけ力 周囲を巻き込む 医師、看護師、薬剤師に声をかけ、服薬支援の方法を検討する
前に踏み出す力 実行力 目標に向けて行動する 決めた患者教育プログラムを試行し、期限までに評価する
考え抜く力 課題発見力 現状と理想の差を捉える 退院延期の原因が説明不足ではなく、家族調整の遅れだと見抜く
考え抜く力 計画力 手順や優先順位を組み立てる カンファレンスまでに必要な情報と担当者を整理する
考え抜く力 創造力 新しい方法や価値を生む 紙の説明資料を動画とQRコードに置き換える
チームで働く力 発信力 分かりやすく伝える 患者の変化を結論、根拠、提案の順で報告する
チームで働く力 傾聴力 相手の意見を丁寧に聴く 患者本人、家族、多職種の異なる希望を整理する
チームで働く力 柔軟性 意見や状況の違いに対応する 自分の案に固執せず、患者の価値観に合わせて計画を修正する
チームで働く力 状況把握力 自分と周囲の関係を見る チームが多忙な時間帯を避けて相談や依頼を行う
チームで働く力 規律性 約束やルールを守る 報告期限、個人情報保護、感染対策の手順を守る
チームで働く力 ストレスコントロール力 ストレスに対処する 緊張する場面でも抱え込まず、早めに支援を求める

社会人基礎力を使った任せ方

例えば、「多職種カンファレンスの進行」を任せる場合、伸ばしたい力を次のように明確にできる。

  • 発信力

  • 傾聴力

  • 状況把握力

  • 働きかけ力

  • 計画力

依頼するときに、すべてを伝える必要はない。

「今回は、異なる意見を整理して、参加者が次の行動を決められる進行力を伸ばす機会にしてほしい」

このように一つか二つに絞ると、本人も何を意識すべきか分かりやすい。


職務拡大と職務充実――仕事の量ではなく、成長の質を見る

任せる仕事を考えるときには、二つの視点が役立つ。

職務拡大:Job Enlargement

職務拡大とは、同程度の責任や難易度の業務を横方向に広げることである。

例えば、病棟看護師が担当する係を一つ増やす、医師が追加の委員会に参加する、といった形である。

職務充実:Job Enrichment

職務充実とは、判断、計画、裁量、責任、振り返りなどを含め、仕事を縦方向に深くすることである。一般に、職務拡大が仕事の幅を広げるのに対し、職務充実は自律性や責任を高める方向の職務設計と整理される。(JSTOR)

観点 職務拡大 職務充実
方向 横に広げる 縦に深める
主な変化 業務の種類・量が増える 裁量、判断、責任が増える
委員会をもう一つ担当する 委員会の課題設定から改善評価まで任せる
注意点 単なる負担増になりやすい 支援なしでは過重責任になりやすい

悪い任せ方は、職務拡大だけを行う。

「あなたは仕事ができるから、これも、あれもお願い」

これでは、優秀な人ほど疲弊する。

良い任せ方は、職務充実を意識する。

「これまで資料作成を担当してくれましたが、今回は課題設定と進行方法も含めて任せたいと思います。最終決定の前に一度相談してください」

任せるとは、仕事を増やすことではない。

本人が考え、決め、成果を実感できる範囲を広げることである。


部下が忙しいなら、先にECRSで仕事を減らす

「任せたいが、部下も忙しい」

この悩みに対して、「何とか時間をつくって」と言うだけでは解決しない。

新しい仕事を任せる前に、現在の業務を減らす必要がある。

そこで役立つのがECRSの法則である。

E:Eliminate なくせないか
C:Combine まとめられないか
R:Rearrange 順番や担当を変えられないか
S:Simplify 簡単にできないか

一般に、この順番で検討すると改善効果が高いとされる。(アドフ)

ECRS 問い 医療現場の例
Eliminate そもそも、やめられないか 誰も活用していない集計表を廃止する
Combine 一つにまとめられないか 二つの委員会で重複する報告を統合する
Rearrange 順番、時間、担当を変えられないか 毎日行っていた確認を、条件に応じた実施へ変更する
Simplify より簡単にできないか 自由記載をテンプレートやチェック欄に変える

ECRSで最も重要なのはE

業務改善というと、すぐにテンプレートやデジタル化を考えがちである。

しかし、不要な仕事を効率化しても、「不要な仕事を速く行う」だけである。

最初に問うべきなのは、

「この仕事は本当に必要か」

である。

新しい仕事を任せるときは、「これを追加する代わりに、何を減らすか」もセットで考えたい。


任せ方の基本方針――EMPOWERメソッド

本書では、主体性を高める任せ方を、EMPOWERという七つの原則に整理している。(明日香出版社)

文字 原則 意味 医療現場での実践
E Exposure 必要な情報を開示する 背景、経緯、患者・組織への影響を共有する
M Mission 目的と成果を明確にする 「資料を作る」ではなく「患者が選択肢を理解できる状態を作る」
P Psychological Safety 心理的安全性を確保する 早めの相談や悪い報告を歓迎すると伝える
O Ownership 自己決定感を持たせる 方法や進め方を本人に考えてもらう
W Wrap-up 振り返りを予約する 開始時点で中間確認日と終了後の面談日を決める
E Essence 仕事の意味を伝える その仕事が患者やチームにどう役立つかを説明する
R Range 裁量の範囲を明確にする 自分で決めてよいこと、相談すること、上司が決めることを分ける

EMPOWERを使った依頼例

「退院患者さん向けの服薬説明資料の改訂をお願いしたいです。
現在、説明内容が担当者によって異なり、患者さんが退院後に混乱することがあります【Exposure】。
今回のゴールは、患者さんが自宅での服薬方法と、困ったときの連絡先を理解できる資料を作ることです【Mission】。
最初から完璧でなくて構いません。不明点や難しい点は、早めに相談してください【Psychological Safety】。
構成や表現方法は、あなたが最も伝わりやすいと思う形を提案してください【Ownership】。
来週水曜日に草案を確認し、運用開始後2週間で振り返りましょう【Wrap-up】。
この資料は、患者さんの服薬間違いを防ぎ、安心して自宅療養を続けるためのものです【Essence】。
内容とデザインは提案して構いませんが、薬剤名と注意事項は薬剤部の確認を受けてください【Range】」

これだけ伝えれば、仕事の輪郭がかなり明確になる。

任せる際に説明が長すぎる必要はないが、少なくとも次の三つは欠かせない。

  • 何のために行うのか

  • どこまで任せるのか

  • 困ったとき、いつ相談するのか


心理的安全性は「何を言っても許されること」ではない

心理的安全性は、医療現場において特に重要な概念である。

Amy Edmondsonは、心理的安全性を、意見、質問、懸念、失敗などを表明しても、罰や屈辱を受けないとメンバーが信じられる状態として論じている。

ただし、それは緊張感のない仲良し集団や、「何をしても責任を問われない環境」を意味しない。明確な目標や説明責任と、率直に発言できる環境は両立する。(ハーバードビジネススクールライブラリー)

医療における心理的安全性

例えば、看護師が医師の薬剤指示に疑問を感じたとする。

心理的安全性が高いチームでは、

「この投与量でよいか、もう一度確認してもよろしいでしょうか」

と言える。

心理的安全性が低いチームでは、

「間違っていたら恥ずかしい」
「怒られるかもしれない」
「立場の低い自分が言うべきではない」

と考え、発言を控える。

実際、Edmondsonの研究では、薬剤量に疑問を感じた看護師が医師へ確認する場面や、手術室で職種を超えて懸念を表明することが、心理的安全性の例として論じられている。(Harvard Business School)

心理的安全性は、優しい職場をつくるためだけの概念ではない。

異常や違和感を、患者に危害が及ぶ前に言葉にするための医療安全基盤である。


心理的安全性がないと「やったふり」が始まる

本書では、心理的安全性のない環境で強いプレッシャーを受けると、人は本音や失敗を隠し、「やったふり」をするようになると警鐘を鳴らしている。

さらに、それがエスカレートすると、帳尻合わせ、改ざん、虚偽などの不正につながり得ると指摘する。(ZUU online)

医療現場で考えると、次のような状態である。

  • 実施していない確認を「実施済み」と記録する

  • 患者への説明が不十分なのに「説明済み」とする

  • 遅延や未完了を隠すため、記録上の時刻を調整する

  • インシデントを報告せず、なかったことにする

  • 理解できていないのに「分かりました」と答える

不正を行った本人の責任は、当然なくならない。

しかし、同様の行動が繰り返されるなら、個人の倫理観だけでなく、組織が「正直な報告より、問題がないように見せること」を評価していないかを検討する必要がある。


心理的安全性をつくる三つの心得

1.言い訳を直ちに否定せず、学びに戻す

ミスの報告を受けたとき、相手が事情を説明すると、

「言い訳をするな」

と言いたくなることがある。

しかし、説明の中には、再発防止に必要な情報が含まれているかもしれない。

  • 指示が曖昧だった

  • 複数業務が重なっていた

  • 相談相手が不在だった

  • 手順書と実際の運用が異なっていた

  • 必要な情報へアクセスできなかった

まずは一定時間、遮らずに話を聴く。

その後で、

「では、次に同じ状況になったとき、何を変えればよいでしょうか」

と学びへ戻す。

言い訳を聞くことは、責任を免除することではない。

背景を理解し、変えられる条件を探すための作業である。

2.上司が弱みや不完全さを見せる

上司が常に正解を知っているように振る舞うと、部下は自分の不確実さを表明しにくくなる。

一方、上司が次のように言えると、相談の入口が開く。

「私も見落とすことがあります。違和感があれば必ず言ってください」
「この分野は、あなたのほうが詳しいと思います」
「私の考えにも抜けがあるかもしれません。別の見方があれば教えてください」

Edmondsonの研究でも、リーダーが自分の誤り得ることを認め、メンバーへ発言を求める姿勢が、心理的安全性をつくる行動として示されている。(Harvard Business School)

弱みを見せるとは、判断を放棄することではない。

自分の認知には限界があると認め、チームの情報を活用することである。

3.多様性を「我慢する」のではなく、意思決定に生かす

多様性を尊重するとは、異なる意見を表面的に歓迎するだけではない。

  • 経験年数の短い人の意見

  • 非常勤職員の意見

  • 他職種の意見

  • 少数派の意見

  • 患者や家族の意見

  • 自分にとって耳の痛い意見

これらを、意思決定に必要な情報として扱うことである。

リーダー自身と似た意見ばかりが集まるチームは、意思決定が速い。

しかし、盲点にも気づきにくい。

多様性は、会議を少し難しくするかもしれないが、判断を強くする。


相手の経験に応じて、任せ方を変える

任せ方には、常に一つの正解があるわけではない。

未経験者に何も説明せず任せれば、丸投げになる。

一方、十分な経験を持つ人に細かな手順まで指示すれば、マイクロマネジメントになる。

本書では、相手の状況に合わせて、OJT型、ティーチング型、コーチング型、委任型などを使い分ける考え方が紹介されている。(明日香出版社)

相手の状態 適した関わり 上司の役割
未経験 OJT型 見本を示し、安全に練習させる
経験が浅い ティーチング型 仕事の全体像、手順、判断基準を教える
一定の経験がある コーチング型 質問によって考えを引き出す
十分な経験がある 委任型 成果と境界だけ示し、方法は任せる

任せ方の失敗は、能力の高低だけでなく、任せ方と本人の状態の不一致によって起こる。


未経験者にはShow-Tell-Do-Check

初めての業務を教えるときには、次の四段階が分かりやすい。

Show:上司がやって見せる
  ↓
Tell:ポイントや理由を言葉で説明する
  ↓
Do:本人にやってもらう
  ↓
Check:実施後に確認し、フィードバックする

例:初めて電話で他院へ患者紹介を行う研修医

Show

指導医が実際の連絡を行い、どのような順番で話すかを見せる。

Tell

次のポイントを説明する。

  • 最初に自分と所属を名乗る

  • 相談目的を一文で伝える

  • 緊急度を明確にする

  • 相手が判断するために必要な情報へ絞る

  • 最後に合意事項を復唱する

Do

次の症例では、研修医に実際の電話を行ってもらう。

Check

終了後に、うまくできたことと改善点を振り返る。

「最初に相談目的を伝えたので、相手が状況を理解しやすかったですね。一方、バイタルサインが後半になったので、次はもう少し早い段階で伝えてみましょう」

Showだけでは見よう見まねになる。

Tellだけでは頭の中の理解で終わる。

Doだけでは無謀な実践になる。

Checkがなければ経験が学びに変わらない。

四段階を一つのセットとして考えることが重要である。


以下の部分に差し替えてください。表記は、一般的な英語に合わせて Resource(資源) としています。

本人に考えてもらうGROWモデル

一定の経験を持つ部下に対して、上司がすぐに答えを示してしまうと、本人が状況を整理し、自分で解決策を考える機会を奪ってしまう。

そのような場面で役立つのが、GROWモデルである。

GROWモデルは、質問を通じて本人の思考を整理し、目標から具体的な行動へつなげるコーチングの枠組みである。

一般的には、次の四つの段階で構成される。

G:Goal――目標
R:Reality/Resource――現状と活用できる資源
O:Options――選択肢
W:Will/Way Forward――意思と次の行動

ここで重要なのは、RをReality(現状)だけで終わらせないことである。

問題に直面している本人は、できていないことや足りないものに意識が向きやすい。しかし、実際には、すでにできていること、協力を求められる人、利用できる制度、過去の成功経験など、解決に活用できるさまざまな**Resource(資源)**を持っている。

現状の問題を確認するだけでなく、使える資源にも目を向けることで、本人は「できない理由」を並べる状態から、「今あるものを使って、何ができるか」を考える状態へ移りやすくなる。

GROWモデルの全体像

段階 意味 確認する内容 質問例
G:Goal 目標 目指す状態、得たい成果 「最終的に、どのような状態を目指しますか」
R:Reality 現状 現在起きていること、障壁、事実 「今、何が起きていますか」「どこで止まっていますか」
R:Resource 資源 強み、経験、協力者、情報、時間、制度 「すでに使えるものは何ですか」「誰に協力を求められますか」
O:Options 選択肢 考えられる方法、代替案 「どのような方法が考えられますか」「ほかにはありますか」
W:Will/Way Forward 意思・次の行動 実行すること、期限、報告方法 「まず何をしますか」「いつまでに行いますか」

医療現場での具体例

後輩から、次のような相談を受けたとする。

「患者さんの退院支援が進みません。どうしたらよいでしょうか」

上司がすぐに、

「家族に電話して、ケアマネジャーにも連絡してください」

と指示すれば、その場の仕事は進むかもしれない。

しかし、それを繰り返していると、後輩は困るたびに上司から答えをもらうようになり、自分で状況を整理して解決策を考える力が育ちにくい。

そこで、GROWモデルに沿って質問してみる。

G:Goal――何を目指すのか

「今回、患者さんにとって、どのような退院の形を目指していますか」

まず、目標を明確にする。

単に「早く退院させる」ことが目標ではない。

患者本人と家族が退院後の生活を具体的にイメージでき、必要な医療・介護サービスが整い、安全に療養を継続できることが目標かもしれない。

目標が曖昧なままでは、何を優先して動けばよいかも決められない。

R:Reality――現在、何が起きているのか

「現在、どこまで調整できていますか」
「具体的に、何が退院の障壁になっていますか」
「患者さん本人と家族は、どのように考えていますか」

ここでは、推測や評価ではなく、できるだけ事実を整理する。

例えば、本人は自宅退院を希望しているが、家族は介護負担を心配している。訪問看護は調整できているが、夜間の支援体制が決まっていない。このように整理すると、「退院支援が進まない」という漠然とした問題が、具体的な課題へ変わる。

R:Resource――何を活用できるのか

「すでに調整できていることは何ですか」
「これまでに似た事例へ対応した経験はありますか」
「院内外で、誰に相談できそうですか」
「活用できる制度やサービスはありますか」
「患者さんや家族が持っている強みは何でしょうか」

医療現場におけるResourceには、さまざまなものが含まれる。

資源の種類 医療現場での具体例
本人の能力・経験 過去の退院支援経験、説明力、調整力
チーム内の人的資源 医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、リハビリ職
地域の人的資源 ケアマネジャー、訪問看護師、かかりつけ医、地域包括支援センター
制度・サービス 介護保険、訪問診療、ショートステイ、福祉用具
情報 過去の記録、地域資源一覧、院内マニュアル
患者・家族の力 本人の意欲、家族の協力、近隣住民との関係
時間・機会 次回カンファレンス、退院前訪問、試験外泊

課題だけを見ていると、「足りないもの」ばかりが目につく。

Resourceを確認すると、「すでに持っているものを、どのように組み合わせるか」という発想が生まれる。

O:Options――どのような選択肢があるのか

「考えられる方法を、まず三つ挙げるとしたら何がありますか」
「ほかには、どのような方法がありますか」
「制約がなければ、どのような方法を試したいですか」
「それぞれの方法には、どのような利点とリスクがありますか」

この段階では、最初から一つの正解に絞らない。

例えば、次のような選択肢が考えられる。

  1. 家族を交えた多職種カンファレンスを行う

  2. 退院前訪問を行い、自宅環境を確認する

  3. 訪問看護や定期巡回サービスを導入する

  4. 試験外泊を行い、家族の不安を具体化する

  5. 一時的にショートステイを利用し、段階的な在宅移行を目指す

複数の選択肢を並べることで、「家族を説得するしかない」といった思考の狭まりを防ぐことができる。

W:Will/Way Forward――何を、いつ行うのか

「では、最初に何をしますか」
「いつまでに行いますか」
「誰に協力を依頼しますか」
「どの時点で、私に経過を共有しますか」
「実行する自信は、10点満点で何点ですか」

最後に、考えた選択肢を具体的な行動へ変える。

例えば、次のように決める。

「今日中に医療ソーシャルワーカーへ相談し、明日の午前中に家族へ連絡します。3日後までに多職種カンファレンスを設定し、その結果を上司へ報告します」

「家族に連絡する」だけでは、行動としてはまだ曖昧である。

誰が、何を、いつまでに行い、どの時点で共有するのかまで決めることで、実行可能性が高まる。

GROWモデルの流れ

G:Goal
どのような状態を目指すのか
        ↓
R:Reality
今、何が起きているのか
        ↓
R:Resource
すでに持っている力や使える資源は何か
        ↓
O:Options
どのような方法が考えられるか
        ↓
W:Will/Way Forward
何を、いつまでに実行するのか

「Reality」だけでは、問題探しで終わることがある

Realityを詳しく確認することは重要である。

しかし、現状や問題点ばかりを尋ね続けると、対話が次のようになりかねない。

「何ができていないのですか」
「なぜ進んでいないのですか」
「ほかにも問題はありますか」

これでは、本人は自分の不足を追及されているように感じることがある。

そこで、Realityを確認した後に、Resourceへ質問を移す。

「それでも、ここまで進められた理由は何でしょうか」
「すでにできていることは何ですか」
「誰の力を借りられそうですか」
「以前うまくいったときには、何をしていましたか」

Realityが「現在地を知る問い」だとすれば、Resourceは「現在地から動き出すために、すでに持っているものを見つける問い」である。

両方を確認することで、問題分析だけではなく、解決へ向かう対話になる。

GROWモデルで上司が注意したいこと

GROWモデルは、質問の形式を順番どおり使えばよいというものではない。

上司が自分の望む答えへ誘導するために質問を使えば、それはコーチングではなく、質問形式の指示になる。

例えば、

「まず家族に電話したほうがよいと思いませんか」

という問いは、実質的には指示である。

本人に考えてもらうためには、上司が答えを急がず、沈黙を待ち、本人の言葉を聴く必要がある。

一方で、医療安全上、緊急性が高い場面までGROWモデルだけで対応してはいけない。

患者の状態が悪化している、重大なリスクが迫っている、法令や倫理上の問題があるといった場合には、上司が明確に指示し、迅速に介入する必要がある。

状況 適した関わり
緊急性・危険性が高い 上司が明確に指示する
未経験で基礎知識が不足している ティーチングやOJTを行う
一定の経験があり、自分で考えられる GROWモデルで思考を支援する
十分な経験と能力がある 成果と境界を示し、委任する

GROWモデルの目的は、すべてを本人だけで解決させることではない。

本人が目標と現状を整理し、自分や周囲の資源に気づき、複数の選択肢から次の行動を選べるように支援することである。

上司が答えを与えるのではなく、本人の中と周囲にすでに存在している答えの材料を、一緒に見つける。

それが、GROWモデルを使った任せ方の本質である。


ベテランに任せる委任型の三つのステップ

自分より経験や実力のあるベテランに任せる場合、上司が方法まで細かく指定する必要はない。

基本は次の三段階である。

1.期待する成果を明確に伝える

「新しい入院時オリエンテーションを作ってください」

ではなく、

「入院当日に、患者さんと家族が今後の流れと相談先を理解できる状態をつくってください」

と、成果で伝える。

2.やり方は本人に任せる

ベテランは、自分なりの経験、関係性、判断基準を持っている。

上司が方法を細かく指定すると、その強みを生かせない。

3.実行前に方針の報告を受ける

やり方は任せるが、実施後に初めて内容を知るのでは遅い場合がある。

「進め方は任せます。開始前に、全体方針と想定リスクだけ共有してください」

と伝える。

これはマイクロマネジメントではない。

患者安全や組織的整合性を保ちながら、本人の裁量を最大限にするための確認である。


管理職を目指す一つの試金石

管理職を目指すかどうかを考えるとき、

「自分は人より仕事ができるか」

だけを基準にしてはいけない。

管理職に求められるのは、自分が成果を出す力だけではない。

人が動ける条件をつくることに、自信と関心を持てるか

という問いが重要になる。

ここでいう「人を動かす」とは、命令によって従わせることではない。

  • 目的を共有する

  • 相手の得意を見つける

  • 適切な仕事を提案する

  • 必要な情報と裁量を渡す

  • 不安や障壁を取り除く

  • 挑戦を支援する

  • 経験を学びへ変える

こうした働きかけによって、本人が自ら動けるようにすることである。

自分が100の仕事を行うことと、10人がそれぞれ20の力を出せる環境をつくることは、求められる能力が異なる。

管理職になるとは、「最も優秀なプレイヤーになること」から、「チームの力が最大になる条件をつくること」へ、仕事の重心を移すことである。


任せた後は、コルブの学習サイクルで振り返る

任せただけでは、人は必ずしも成長しない。

経験を学習へ変えるためには、振り返りが必要である。

コルブの経験学習モデルでは、学習を次の四段階の循環として捉える。(CITT)

①具体的経験
実際にやってみる
      ↓
②内省的観察
何が起きたかを振り返る
      ↓
③抽象的概念化
経験から原則や仮説を導く
      ↓
④能動的実験
次の場面で新しい方法を試す
      ↓
再び具体的経験へ

症例検討会の進行を任せた場合

具体的経験

本人が実際に症例検討会を進行する。

内省的観察

「どの場面がうまくいきましたか」
「どの場面で議論が止まりましたか」

抽象的概念化

「意見が出ないときは、全体へ漠然と質問するより、論点を限定したほうが発言しやすいのかもしれません」

能動的実験

「次回は、最初に『診断』『治療』『生活背景』の三つに論点を分けてみます」

経験を重ねるだけでは、「慣れ」は生まれても、「学び」が生まれるとは限らない。

振り返りによって具体的な経験を抽象化し、次の行動に戻すことで、経験が再利用可能な知恵になる。


事実確認とフィードバックにはSBIを使う

部下の行動について話すとき、

「最近、態度がよくない」
「主体性がない」
「報告が雑だ」

といった評価語だけを使うと、話し合いが感情的になりやすい。

そこで役立つのがSBIである。

  • Situation:どのような状況で

  • Behavior:どのような行動があり

  • Impact:どのような影響が生じたか

SBIは、具体的な状況、観察可能な行動、その影響を分けて伝えるフィードバック方法である。

悪い伝え方

「あなたは、いつも報告が遅い」

「いつも」という言葉は、反論を招きやすい。

SBIを使った伝え方

Situation:昨日の夕方、患者さんの血圧が低下した場面で
Behavior:再測定後も収縮期血圧が80mmHg台でしたが、医師への報告が約30分後になりました
Impact:対応開始が遅れる可能性があり、患者安全上の懸念を感じました

この後、

「そのとき、どのような判断をしていましたか」

と意図や背景を尋ねる。

事実だけを示して終わるのではなく、本人の認識を確認することで、フィードバックが対話になる。

「SBIを3セット」集める

一つの出来事だけで人物全体を評価すると、偶発的な事情を性格の問題と誤認することがある。

そこで、重要な評価や配置判断を行う前には、可能であればSBIを三つ程度集めてみる。

セット Situation Behavior Impact
1 朝の申し送り 重要な検査結果の共有がなかった 日勤者が後から確認する必要が生じた
2 退院前カンファレンス 家族の希望を確認せず結論を急いだ 退院計画を再調整することになった
3 夜間の状態変化 基準を超えても報告を保留した 対応開始が遅れる可能性が生じた

三つを並べることで、

  • 同じ傾向が繰り返されているのか

  • 特定の状況だけで起きているのか

  • 知識不足なのか

  • 判断基準が曖昧なのか

  • 忙しさや環境に原因があるのか

を検討しやすくなる。

なお、SBIモデル自体の基本単位はSituation、Behavior、Impactの一組である。「三セット集める」は、単発事例による決めつけを避けるための、本記事における実務上の運用提案である。


本書の内容を医療現場向けに一枚でまとめる

【任せる前】
組織の目的を確認する
        ↓
任せる仕事を選ぶ
        ↓
Will・Can・Mustを確認する
        ↓
ECRSで本人の余白をつくる
        ↓
失敗の定義と安全境界を決める

【任せるとき】
なぜ本人に任せるのかを伝える
        ↓
EMPOWERで目的・裁量・相談基準を共有する
        ↓
本人の理解と不安を確認する

【実行中】
経験に応じて関与を変える
未経験:Show-Tell-Do-Check
中堅:GROWで考えてもらう
ベテラン:成果を示し、方法は委任する
        ↓
決めた時点で中間確認する

【任せた後】
SBIで事実を確認する
        ↓
コルブの学習サイクルで振り返る
        ↓
次の課題と裁量を決める

明日から使える「任せ方チェックシート」

任せる前

  • この仕事の目的を一文で説明できる

  • 完成物ではなく、期待する成果を説明できる

  • なぜこの人に任せるのかを説明できる

  • 本人のWill、Can、Mustを考えた

  • 本人の現在の業務量を確認した

  • ECRSで減らせる仕事を検討した

  • 取り返しのつかない失敗を定義した

  • 途中で相談すべき条件を決めた

  • 上司が確認する部分を決めた

  • 失敗時のバックアップ方法を用意した

任せるとき

  • 「やっておいて」ではなく、任せたい理由を伝えた

  • この経験が本人の成長にどうつながるかを伝えた

  • 必要な情報を開示した

  • 本人が決めてよい範囲を明確にした

  • 上司が決める範囲を明確にした

  • 相談や悪い報告を歓迎すると伝えた

  • 本人の理解、不安、異論を確認した

  • 中間確認日を決めた

  • 終了後の振り返り日を決めた

任せた後

  • すぐに自分のやり方へ修正しなかった

  • 結果だけでなく、考えた過程を聞いた

  • できなかったことだけでなく、できたことも確認した

  • SBIで具体的な事実を伝えた

  • 本人の意図や背景を尋ねた

  • 失敗を責めるだけで終わらせなかった

  • 経験から得た学びを言語化した

  • 次回に変える行動を一つ決めた

  • 次に任せる仕事や裁量を検討した


まとめ――任せることは、リーダーが楽をする技術ではない

任せるというと、リーダーの仕事を減らす手段だと思われることがある。

確かに、適切に任せられるようになれば、リーダーが一人ですべてを抱え込む必要はなくなる。

しかし、任せることの本質は、単なる負担軽減ではない。

任せるとは、

  • 相手の得手を見つけること

  • 本人が意味を感じられる仕事を提案すること

  • 必要な情報と裁量を渡すこと

  • 患者安全を守る境界を決めること

  • 相談しやすい環境をつくること

  • 失敗を隠さず、学びに変えること

  • 経験を次の挑戦へつなげること

である。

リーダーが仕事を手放すだけなら、丸投げになる。

リーダーが方法をすべて指定すれば、作業代行になる。

何も失敗させまいと先回りし続ければ、主体性は育たない。

反対に、安全境界を設けずに挑戦させれば、無責任になる。

良い任せ方とは、放任と過干渉の中間ではない。

目的と安全の境界は明確にし、その内側では本人に考え、決め、試してもらうこと。

これが、任せることと育てること、そして医療安全を両立するための基本なのだと思う。

明日、すべてを変える必要はない。

まずは一つだけ、

「自分が抱えているこの仕事は、本当に自分にしかできないのか」

と問い直してみる。

そして任せられそうな仕事が見つかったら、

「これをあなたに任せたい。あなたのこの強みが生かせるし、このような成長につながると思う」

と、提案してみる。

その一言は、リーダーの負担を減らすだけでなく、誰かにとって「自分は信頼されている」と感じる瞬間になるかもしれない。

任せることは、仕事を手放すことではない。

人の可能性に、仕事という形で機会を手渡すことなのである。


書籍情報・参考資料

 

  • 伊庭正康『リーダーの「任せ方」の順番――部下を持ったら知りたい3つのセオリー』明日香出版社、2025年。(明日香出版社)

  • 経済産業省「社会人基礎力」。(経済産業省)

  • Amy C. Edmondson, “Managing the Risk of Learning: Psychological Safety in Work Teams.” (Harvard Business School)

  • Peter M. Madsen and Vinit Desai, “Failing to Learn? The Effects of Failure and Success on Organizational Learning in the Global Orbital Launch Vehicle Industry.” (Academy of Management Journals)

  • Center for Creative Leadership, Situation-Behavior-Impact Model. (CCL)

  • Performance Consultants, GROW Model. (Performance Consultants)

  • University of Florida, Kolb’s Four Stages of Learning. (CITT)

 

おまけ

わたくし、日常診療のかたわら、『医はき師 てらぽん』(はき師=医師+はり師+きゅう師)を名乗り、医師、鍼灸師を含む医療人が正しく活躍でき、お困りの方々がHappyになれるようなことをデザイン中✨
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