- 尊敬とは、相手をありのままに見ること。アドラー心理学に学ぶ人間関係と人生の選び方
- 1.そもそも「尊敬」とは何か?
- 2.尊敬というボールは、要求しても返ってこない
- 3.共同体感覚とは「他者への関心」である
- 4.子どもの「好き」を否定していないだろうか?
- 5.他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じる
- 6.過去が今を決めるのか? 今が過去を決めるのか?
- 7.人間は誰しも「私」という物語の編著者である
- 8.三角柱:「悪いあの人」と「かわいそうな私」
- 9.三角柱の隠された一面:「これからどうするか?」
- 10.まとめ:尊敬から始まり、未来への問いにたどり着く
- おまけ
尊敬とは、相手をありのままに見ること。アドラー心理学に学ぶ人間関係と人生の選び方
『幸せになる勇気』を読んで考えたこと② ― 尊敬・共同体感覚・過去との向き合い方 ―
前回に引き続き、アドラー心理学について考えてみたい。
今回のテーマは「尊敬」と「共同体感覚」、そして「過去との向き合い方」である。
アドラー心理学というと、「嫌われる勇気」や「自立」といった言葉が注目されがちだが、今回紹介する内容は、教育や子育て、職場の人間関係、さらには自分自身との向き合い方にも深く関係している。
特に、最後に紹介する「カウンセリングの三角柱」は、私にとって非常に印象深いものだった。
少し長くなるが、お付き合いいただきたい。
1.そもそも「尊敬」とは何か?
まずは、こんな言葉を紹介したい。
「尊敬とは、人間の姿をありのままに見て、その人が唯一無二の存在であることを知る能力のことである」
これは、アドラーと同じ時代を生き、ナチスの迫害を逃れてドイツからアメリカへ渡った社会心理学者、エーリッヒ・フロムの言葉である(趣旨訳)。
実に興味深い。
尊敬とは、相手を崇めることでも、優れた能力や実績を称賛することでもない。
「ありのままに、その人を見ること」
これこそが尊敬の本質なのだという。
ちなみに、尊敬を意味する英語の respect は、ラテン語の respicere(振り返って見る、顧みる)に由来する。
つまり、尊敬という言葉には、もともと「見る」という意味が含まれているのである。
相手の肩書や能力、社会的地位などをいったん脇に置き、一人の人間として、その人自身を見る。
言葉にすれば簡単だが、これが案外……いや、相当に難しい。
そして、この考え方は他者だけでなく、自分自身にも当てはまる。
自分を尊敬するとは、何かに成功した自分だけを認めることではない。
欠点も、弱さも、不完全さも含めて、ありのままの自分を見つめ、受け入れること。
自分に対しても、他者に対しても、この姿勢が大切なのであろう。
2.尊敬というボールは、要求しても返ってこない
では、他者を尊敬するためには、具体的にどうすればよいのか。
その第一歩が、
「他者の関心事に関心を寄せること」
である。
ここで一つ、尊敬をボールに例えてみたい。
尊敬というボールは、自ら投げることによって、初めて相手から返ってくる可能性が生まれる。
逆に、こちらから何も投げずに、
「私を尊敬しろ!」
「もっと敬意を払え!」
と叫んだところで、ボールが飛んでくるわけではない。
尊敬は強要できないのである。
もちろん、こちらが尊敬を示したからといって、必ず相手から尊敬が返ってくる保証もない。
それでも、まずは自分から相手に関心を寄せ、その存在を尊重する。
相手の態度を変えようとする前に、自分の態度を変える。
この順序が大切なのだと思う。
3.共同体感覚とは「他者への関心」である
アドラー心理学を理解するうえで、避けて通れない概念がある。
それが「共同体感覚」である。
ドイツ語では Gemeinschaftsgefühl。
Gemeinschaft(共同体)と Gefühl(感覚・感情)を組み合わせた言葉である。
これをドイツ語の字義に忠実に英訳するならば、Community Feeling や Community Sense といった表現になるだろう。
しかし、アドラーは英語圏にこの概念を伝えるにあたり、Social Interest(ソーシャル・インタレスト)という表現を用いた。
ここが実に興味深い。
Social Interest。
直訳すれば「社会への関心」。
さらにかみ砕けば、「社会を形成する他者への関心」と考えることができる。
共同体感覚とは、単に集団の一員として仲良くすることでも、周囲に同調することでもない。
自分以外の人間に関心を持ち、その人たちとともに生きているという感覚なのだろう。
では、他者に関心を寄せるとは、具体的にどういうことなのか?
4.子どもの「好き」を否定していないだろうか?
例えば、子どもたちが何かの遊びに夢中になっている場面を想像してほしい。
大人からすれば、何がそんなに面白いのか、到底理解できない遊びかもしれない。
いかにも子ども向けの、くだらなく見えるおもちゃ。
何時間も没頭しているゲーム。
時には、親として眉をひそめたくなるような書物やコンテンツに興味を示すこともあるだろう。
そんなとき、多くの親はこう考える。
「もっと価値のあるものに時間を使いなさい」
「そんなことより、もっと役に立つことをしなさい」
そして、子どもが関心を寄せているものを取り上げ、大人が価値を認めた別のものを与えようとする。
無論、親としては子どもの将来を思っての行動である。
私自身も子育てをする中で、思い当たる節がある。
しかし、アドラー心理学の視点から考えると、ここには大切なものが欠けている可能性がある。
それが「尊敬」である。
子どもの関心を、大人の価値観だけで否定してしまっているのだ。
もちろん、危険な行為や他者を傷つける行為まで容認すべきという話ではない。親として必要な制限や指導はある。
ただし、その前に一度、考えてみたい。
「この子は、いったい何に面白さを感じているのだろう?」
子どもの好きなものを、自分も好きになる必要はない。
理解できなくてもよい。
ただ、その子が関心を寄せている世界に、自分も関心を寄せてみる。
これが尊敬の第一歩なのだろう。
5.他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じる
アドラー心理学における共同体感覚を、別の表現に置き換えると、次のようになる。
「他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じる」
なんとも美しい表現である。
そして、なんとも難しい。
そもそも私たちは、誰もが同じ世界を生きているわけではない。
同じ出来事に遭遇しても、ある人は喜び、ある人は怒り、またある人は悲しむ。
なぜなら、私たちは客観的な世界をそのまま認識しているのではなく、自分自身が意味づけした「主観的な世界」を生きているからである。
重要なのは、
「世界がどうであるか」だけではなく、
「その人が世界をどう見ているか」
ということ。
私たちは、自分自身の主観から完全に逃れることはできない。
だからこそ、他者の主観に関心を寄せる必要がある。
教育においても、子育てにおいても、医療においても、これは共通する話ではないだろうか。
相手を理解するとは、相手を自分の価値観に引き寄せることではない。
まずは相手の見ている世界を知ろうとすること。
ここに、尊敬と共同体感覚の接点があるように思う。
6.過去が今を決めるのか? 今が過去を決めるのか?
さて、ここからは少し話題を変えたい。
アドラー心理学には「目的論」という重要な考え方がある。
私たちは一般的に、過去に起きた出来事が原因となって、現在の自分が形成されていると考える。
しかし、アドラー心理学は、現在の目的という視点から人間の行動を捉えようとする。
ここで一つ、考えてみたい。
「私たちの過去は、本当に固定されたものなのだろうか?」
もちろん、過去に起きた事実そのものを変えることはできない。
しかし、その出来事に与える意味は、現在の自分によって大きく変わるのではないだろうか。
例えば、過去に大きな失敗を経験したとする。
ある人はこう語る。
「あのとき失敗したから、私は今でもダメなんだ」
一方で、同じような失敗を経験した別の人は、こう語るかもしれない。
「あの失敗があったからこそ、今の自分がある」
前者にとって、過去の失敗は現在の不幸を説明する材料となっている。
後者にとって、過去の失敗は現在の成功を支える物語となっている。
まるで、失敗をバネにしてジャンプするように。
つまり、過去が今を決めているだけではなく、「今の自分が過去の意味を決めている」とも考えられるのだ。
これはなかなか面白い。
7.人間は誰しも「私」という物語の編著者である
『幸せになる勇気』には、人間を自分自身の物語の編著者として捉える、印象的な議論が登場する。
私たちは誰しも、自分の人生という物語を持っている。
そして、その物語は必ずしも過去の出来事を客観的に並べた記録ではない。
現在の自分を説明するために、過去の出来事を選び取り、それぞれに意味を与えている。
今の自分に満足していなければ、過去の不幸が強調されることもある。
逆に、今の自分を肯定できていれば、かつての挫折が大切な経験として語られることもある。
そう考えると、過去とは不思議なものである。
過去の出来事そのものは変わらないのに、現在の自分によって、その色合いは変化していく。
ただし、ここは誤解してはいけないところでもある。
過去の被害や悲劇が存在しなかったという話ではないし、トラウマに苦しむ人が自ら好き好んで苦しみを選んでいるという意味でもない。
現実に起きた被害や、その後に残る心身への影響は尊重されるべきである。
そのうえで、過去の出来事に自分の未来をどこまで規定させるのか、という問いがある。
過去を変えることはできない。
しかし、過去との関係を変えていく余地はある。
そして、今の自分を肯定することができれば、かつての不幸もまた、人生を構成する一つの出来事として捉え直せるかもしれない。
8.三角柱:「悪いあの人」と「かわいそうな私」
さて、ここからが今回、私が特に紹介したかった話である。
『幸せになる勇気』に登場する「カウンセリングの三角柱」という考え方だ。
三角柱を一つ、想像してほしい。
その三つの側面には、それぞれ異なる言葉が書かれている。
しかし、自分の座っている位置からは、三つのうち二つの側面しか見えない。
その二つには、こう書かれている。
「悪いあの人」
そして、
「かわいそうな私」
どうだろう。
家族や友人、職場の同僚などに相談を持ちかけるとき、私たちは案外、この二つの話ばかりをしていないだろうか。
「あの人がこんなひどいことをした」
「あの人のせいで、こんなことになった」
あるいは、
「私はこんなに苦労している」
「誰も私のことを理解してくれない」
もちろん、誰かに自分の苦しみを聞いてもらうことは大切である。
不当な扱いを受けたのであれば、その事実を明らかにし、必要な支援や責任を求めることも重要だろう。
しかし、いつまでもこの二つの側面だけを眺め続けていたら、どうなるだろうか。
相手への非難と、自分の不遇の説明。
その二つを繰り返すだけでは、今後の行動が見えてこないこともある。
実は、この三角柱には、もう一つの側面が隠されている。
そこに書かれている言葉こそ、今回の核心である。
9.三角柱の隠された一面:「これからどうするか?」
三角柱をくるりと回してみよう。
そこには、こう書かれている。
「これからどうするか」
これである!
なんともシンプルで、そして力強い言葉だろうか。
「悪いあの人」でもなく、
「かわいそうな私」でもなく、
「これからどうするか?」
私たちが未来に向かって考えるべきことは、まさにこの一点なのかもしれない。
過去に誰が悪かったのかを延々と論じても、過去そのものは変わらない。
自分がいかに不幸だったかを語り続けても、それだけでは未来の行動が決まるわけではない。
しかし、
「では、これから自分はどうしたいのか?」
「そのために、何ができるのか?」
と問いを変えることで、初めて未来に向けた選択肢が生まれてくる。
これは、過去の苦しみを無視するという意味ではない。
苦しみを十分に受け止め、必要な支援を得ることも含めて、これからどうするかを考えるということである。
過去の物語を語ることも大切だが、そこにとどまり続ける必要はない。
人生の編著者は、ほかでもない自分自身なのだから。
10.まとめ:尊敬から始まり、未来への問いにたどり着く
今回の内容を振り返ると、一見別々に見える「尊敬」「共同体感覚」「目的論」は、実はつながっているように思う。
尊敬とは、相手をありのままに見ること。
共同体感覚とは、他者の関心事に関心を寄せ、他者の五感で世界を理解しようとすること。
そして目的論は、過去の原因だけに目を向けるのではなく、現在の目的や、これからの行動に目を向ける視点を与えてくれる。
他者に対しては、相手を自分の価値観で決めつけない。
自分自身に対しては、過去の物語だけで未来を決めつけない。
そう考えると、これらは他者と自分の双方に向けられた「尊敬」の話なのかもしれない。
最後に、今回最も心に残った三つの言葉を紹介して締めくくりたい。
-
悪いあの人
-
かわいそうな私
-
これからどうするか
悩んだとき、腹が立ったとき、誰かに愚痴をこぼしたくなったとき。
自分は今、三角柱のどの面を見ているのだろうか。
そんなふうに、自分自身に問いかけてみたい。
そして、できることなら三角柱をくるりと回してみよう。
「さて、これからどうするか?」
この問いを持てることこそ、自分の人生を自分で生きるための、大切な一歩なのだと思う。
(続く、、、?)

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